古典フラ、カヒコと言えば、「カナカオレ」。
と、誰もが口を揃えて言う。
響きは、カナカオレ・ファミリーの、クム・ケクヒと、クム・マナイを取材した。
「カナカオレ」は、ボルケーノ・キラウエアにいるとされる女神ペレの、代表的な子孫。
彼らは、女神ペレに自分たちを紹介する為にチャントを唱える。
このようにして、カナカオレは、伝統を次の世代に継承して来た。
「人も、自然の一部である。その要素である。それを伝えるのがカヒコ。なので、私たちネイティヴ・ハワイアンの伝統的な名前には、自然とのつながりが現れている。例えば、雷だったり、噴火だったり、その人が生まれた時の自然現象が名前に入っているのだ」
と、クム・マナイ。
このようにネイティヴ・ハワイアンは、自然とのつながりをとても大切にする。
「なので、フラは口伝のカタチ。カヒコは大自然そのものを表している。例えば、火山の爆発を踊りで表現することで、私たち自身が、火山にもなれる、そのものになれるのだ。それがフラ。人が自然そのものになれる」
と、クム・ケクヒ。
フラは祈り。フラの時は、神々に祈りをきちんと伝えることにすべてを集中する。なので、フラをひとつ、ひとつ、丁寧に、毎日繰り返し行い、積み重ねることが大切。そして、それが次の世代への継承となる。
また、フラを踊るとは、先祖とひとつになり、大自然の一部になる、その「意図」をはっきり持つことでもある。
ひとつになることは、美しい。
と、彼らは続いた。
ネイティヴ・ハワイアンは、次の世代に「伝える」ことを、常に意識して生きている。
それが、フラ。
以下、ディレクターズ・ノートより
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【ディレクターズ・ノート:カヒコ、それは祈り】
現地時間 2016 1.18 10:30
今日も日の出からはじめる。
ゆっくりと淡いピンク色に染まってゆくマウナケアが、朝の潮の香りと共に、僕の心に優しく染み込んで来る。
今、この瞬間、岩場にすっと立っている自分を、魂が認識している。
とても柔らかい気持ち。
そして、世界にこの色とこの香りを届けたい。きっとみんな癒される。
昨日起きた奇跡も、舞う風となって、世界のひとりひとりに届き、喜びの毎日を生きるエネルギーとなりますように。
カナカオレの本気。その威厳を見た。
クム・ケクヒと、クム・マナイのインタビュー。
時空を超えて、今に蘇るカナカオレの物語。
DNAの力を目の当たりにした。
出会うまでは、遠い道のりだったけれど、いったんインタビューが始まったら、空気までもが唸り出した。
それはまるで、前世、いやもっともっと前からの長い歳月が流れての再会を喜び合うような、離ればなれになった時間をとにかく埋めるような、世界のあらゆるものが凝縮された「場」となった。
インタビューも終盤に差し掛かった時、
「踊りは祈りだと思います。ケクヒさんはどう思われますか?」
と、聞いたら、
「Yes ! Dancing is praying.」
だけを、強くまっすぐ、優しく返し、これがすべてよと、微笑んだ。
このケクヒのシンプルな言葉を聞く為に、響き第6章の旅はあったと言っても過言ではない。
ご縁をつないで下さったRさんの、同時通訳が、場のリズムを止めることなく、むしろ加速させた。
ケクヒ、マナイ、Rさん、そして僕。
一同は、ひとつの存在となって、先祖から伝わる叡智、その祈りの世界を、響きキャメラに記録させた。
インタビューの前に、チャントを唱えるケクヒとマナイ。
神々に許しを乞い、先祖をこの場に降ろし、ここにいるひとりひとりに大自然のエネルギーを宿らせる。
チャントには、地名、、、山や川などの名前が入っている。
その名を呼ぶことで、神々のエネルギーが、ここに宿るのだ。
言魂。
「このチャントによって、あなたが撮る映像にも、神々が宿るのよ。なので、映像を通して見るひとりひとりにも、大自然のエネルギーが与えられるわ」
まさに、僕が新しい時代の映像の役割と思っていたこと、響きの映像がやりたいことを、ケクヒがズバリ言ったのだ。
僕は響きを撮る時、祈る。風景を撮る時も、人を撮る時も。
映像は光の集合体。その波長に祈りを込めて、見るひとりひとりに愛のエネルギーを届けるのだ。
この他にも、あまりにも多くの共通点があって、またこれまで旅して来た先住民族が言っていることと、同じことを、ネイティヴ・ハワイアンの立ち位置から、カナカオレは語るのだ。
これは、「普遍」である。
人類は、同じ山を違う登山道で登っているに過ぎない。
それぞれの登山道は、「役割」とも言えよう。
しかし、同じ山の頂上に登った時、人類は同じ景色を見るだろう。
それは、愛。
予定していた時間を遥かにオーバーして、3時間以上のロングインタビューになった。
最後のほうは、ケクヒとマナイが、自らカヒコを歌い踊っても下さった。
僕は時間が気になり、迷惑をかけまいと、質問を切り上げようとしたら、ケクヒとマナイのほうから逆に、もっと話ししたいと言って下さった。
今回のインタビュー、、、日本に帰って、みなさまがご用意下さっているいくつかの講演会、その中で全部お伝え出来るかどうか、もうすでに自信がない。
響きという「視線」が、カナカオレの奥深いところにあるスピリッツを、この世界に引っ張り出したと思う。
出会うまでは、忙しいという口実だったけれど、それもハワイ島の神々の洗礼だったのだろうと思う。
そして、今、僕は女神ペレに愛された。それを肌で感じる。
ノートで、カナカオレから学んだことを綴るのは、もはや不可能。
帰国したら、僕の言葉を通して、女神ペレが子孫のカナカオレを使い、伝えて来たメッセージをみなさまにお話しようと思う。
それらはすべて、響きのキャメラに記録された。
神々のエネルギーが宿る映像として、、、。
カヒコ、それは祈り。
ケクヒの言葉、「Yes ! Dancing is praying.」が、今も僕の耳で鳴り響いている。
その言魂は、永遠なり。 |