世界の12の先住民族の物語を紡いでいく旅。ドキュメンタリー映画「響き 〜RHYTHM of DNA〜」
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12の先住民族
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DNA
12の先住民族
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ABORIGINAL:アボリジナル
CELT:ケルト民族
ALASKAN TLINGIT:アラスカクリンキット族
HOPI:ホピ族
TAIWANEE HILLTRIBE:台湾の原住民族
NATIVE HAWAIIAN:古代ハワイの先住民族
AINU:アイヌ民族
UNKNOWN:未知
Native Hawaiian 〜古代ハワイの先住民族〜
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ハワイ諸島
ハワイ諸島地図

ハワイ諸島は、今から500万年前、次々に海底火山が爆発し隆起が起きて形成された。

オアフ島など主要8島からなる。そのうち6島が、観光客が訪れることのできる島である。

※主要8島
ハワイ島(Hawai'i Island)、カホオラヴェ島(Kaho'olawe)、マウイ島(Maui)
ラナイ島(Lana'i)、モロカイ島(Moloka'i)、オアフ島(O'ahu)
カウアイ島(kaua'i)、ニイハウ島(Ni'ihau)

※ニイハウ島とカホオラヴェ島は、一般人の入島が制限されている。

人口は約140万人(2013年7月現在)、州都はホノルル(オアフ島)。

響き第6章では、今も多くのネイティヴ・ハワイアンが住んでいて、彼らの聖地のキラウエア火山があるハワイ島を、メインの取材地とする。

他、フラ発祥の地のモロカイ島、ネイティヴ・ハワイアンの最古の島と言われているカウアイ島も、取材候補に上げている。

ネイティヴ・ハワイアンについて

ネイティブ・ハワイアンのルーツは、ポリネシア系先住民族。

彼らは、すべてのものにマナ「精霊」が宿ると考え、神や自然への感謝と祈りを欠かさない。

他の先住民族同様、文字を持たない文化を形成している。

ペトログリフそのため、言語学的な推測、熔岩に描かれたカハキイ(ペトログリフ)などの研究から、先史時代の研究が進められている。

最初にハワイへやってきたのはオーストロネシア語族のポリネシア人であると考えられており、マオリやタヒチ人と同じ起源に遡ることができる。その年代については諸説あるが、紀元前500年前後から3世紀頃までと考えられている。

ポリネシアのカヌー(ハワイ語ではヴァア)は、南北20度付近の太平洋上を東から吹く貿易風の風上に向かっても航海し易い構造であった。

ポリネシアの人々は、高度な航海術を持っており、星座や月、太陽の出入りの角度で緯度を測ることに精通し、天空が見えないときは風向きやうねりから方向を知り、遠くに見える雲や空の色、飛んでくる鳥の種類や潮の流れで陸地が近いことも察知できる優れた海洋民族であった。

その人々も元は東南アジアから東に移動してきた人々で、人種は私達日本人と同じモンゴロイド。

ちなみに、オーストロネシア語族の一番古い形は、響き第5章で取り上げた台湾の原住民族ではないかとも云われている。

彼らはハワイ諸島へ定住するため、タヒチ島間を断続的に往復し、主食のタロイモ、ココナッツ、バナナ、といった植物や、豚、犬、鶏といった動物をハワイ諸島へ運び込んだ。

この往来の間に、ヘイアウ(神殿や祭壇)を作り、灌漑施設、養魚池を作るなど、自然環境に対応する社会基盤が整えられ、カヒコをはじめとする古きハワイの文化も、この交流の過程でもたらされたと考えられている。この「大航海」は14世紀頃まで続いた。

ネイティヴ・ハワイアンの世界

カメハメハ大王像ネイティヴ・ハワイアンは、自然の力をアクア(神)として崇め、森羅万象すべてのものに神が宿ると考えている。

代表的な神々に、戦いの神「クー」、創造の神「カネ」、豊穣と収穫の神「ロノ」、海洋・暗闇を司る神「カナロア」の四大神がある。

12世紀頃にはアリイ(族長)による土地の支配と統制がはじまり、階級社会が誕生した。

これを、カプ制度と言う。

アリイ(族長・王族)を頂点とし、カナフ(神官)、マカアイナナ(職人や庶民)、カウバ(奴隷)が続いた。

アリイはヘルメットを被り、羽編みのマントを身に付け、マナという特別な力を持つとされた。

また、アリイの仲間の中から、アリイ・ヌイと呼ばれる大王が選ばれそれぞれの島には、そのアリイ・ヌイが一人または二人いて、支配体制を作っていた。

カナフは特殊能力を極めたスペシャリストの集団として、農民や漁民、一般の人々は比較的平和に暮らし、奴隷は過酷な肉体労働を強いられていた。

しかし、このカプ制度は、ただアリイ(王族)のための戒律だけではなく、実際には必要な量以外は収穫しない(資源保護)や人々の生活規則(規律・法律)と言った意味を持つ、理にかなう制度でもあったとされる。

古代ハワイは争いが絶えず、1700年代にカメハメハ大王に統一されるまで、戦国時代のような乱世が続いた。

王族は生まれながらにして人間の姿をした神、つまり現人神(あらひとがみ)として扱われていた。

王族は世襲制であり王族に生まれたものはすべて神の化身であって人ではない、と古代ネイティヴ・ハワイアンの人々は考えていたようだ。

また、ネイティヴ・ハワイアンに古くから伝わる神話や口伝は、チャント(詠唱)という形式の2,000行にも及ぶ詩で、王家の人々に伝承された来た。

これを、叙事詩クムリポ(kumulipo)と言う。

カラカウア王19世紀終盤、ハワイ王朝第7代王カラカウアの命令により、詠唱形式のクムリポを文字に置き換え、書物に著し、それをカラカウアの妹でイギリスと縁の深かった最後の女王として有名なリリウオカラニが英訳したことで、その神秘的なクムリポの世界が欧米に伝わり、人々を驚かせた。

旧約聖書に似ている部分もあり、日本の古くから里山で広がった素朴な信仰によく似ている部分もある。

クムリポの中には空の神、海の神、山の神、動植物の神、食べ物の神、それぞれの家に宿る神といった様々な神様がいるところなど、八百万(やおよろず)の神を崇拝する日本人の信仰に似ている部分が大いにある。

例えば、叙事詩クムリポ(kumulipo)に、「主食タロイモへの思い」があって、このように描かれている。

父なる空、ワケア神と妻との一人目の子供は未熟児だったうえ死産であった。
その子の遺体は家のそばに埋められたが、そこからタロイモの茎(ハロア)が生えてきた。
それにちなんで第2子はハロアと名付けられ、無事健やかに成長し、始祖となった。

日本の古事記に出て来る、穀物の神、オオゲツヒメの物語と酷似している。

そして、ネイティヴ・ハワイアンの歴史に大きな影響を与えた人物がいる。

カフナ(神官)のヘヴァヘヴァである。

彼は神官(カフナ)の中でも最も地位の高いカフナ・ヌイであった。

彼はカプと呼ばれる身分制度をハワイに持ち込んだパーアオの直系でありながら、カプ制度を廃止したのである。

カアフマヌ王妃また、1819年に初めて女性として摂政になったカアフマヌと共に、神殿や寺院、偶像や彫刻などを廃棄し、本来の自然の中にすでに神が宿っている、という信仰を取り戻した。

またその時彼と行動も共にしたカアフマヌも、それまでの女性にことさら厳しく、またちょっとした過ちでも命でもって償うカプ制度に疑問を抱き、自ら罪を犯しても神から何ら罰も受けないのだということを、身をもって証明し、それまでカプ制度でがんじがらめだった人々を解放したのだ。

この二人の活躍以降、今のネイティヴ・ハワイアン独特のホスピタリティー溢れる民族性が培われ、世界中の人々が魅了されるハワイという土地が出来上がったのである。

取材コンセプト

響き第6章ネイティヴ・ハワイアンのテーマは、「祈り」である。

これまで、先住民族の旅をして来て、彼らから共通して学んだことは、シンプルに生きること。

ネイティヴ・インディアンのホピは、

「Simple and Humble way of Life」

シンプルに、謙虚に生きることが、先祖代々から伝わる叡智と言った。

まだ人類がシンプルに生きていた頃、多くが分離していなかった。

「人が生きる」、そのものが「祈り」であったと言えよう。

生活は、祈り。

収穫するのも、食べるのも、歌うのも、踊るのも、愛し合うのも、人が育む「すべて」が、「祈り」である。

そこには、人も自然の一部であるという意識と畏れ、だからこそ生かされる感謝の気持ちが、すべて「祈り」として現れている。

そして、今回、ネイティヴ・ハワイアンの踊りから、彼らの祈りの世界を旅する。

古代ハワイのポリネシアン系先住民により、古くから踊られてきた伝統民族舞踊を、「フラ」と言う。

現在、ハワイに伝わるフラには大きく分けて2つのスタイルがある。

「カヒコ」と呼ばれる古典フラと「アウアナ」と呼ばれる現代フラ。

カヒコ「カヒコ」とは、「古い」、「はるか昔の」という意味。

文字を持たなかった古代ハワイの先住民族、ネイティヴ・ハワイアンは、オリ(祈り)、メレ(踊りを伴う歌)、フラ(踊り)という手段で、大切な意思、様々な出来事を伝えて来た。

この古代フラの流れを受け継いだのが、古典フラ「カヒコ」である。

響き第6章ネイティヴ・ハワイアンでは、「カヒコ」をメインに取り上げる。

自然や神様への賞賛、心の祈り、神話や伝説など歴史の継承という重要な役割をも、踊りによって伝えている。

カヒコは、神聖な宗教儀式に奉納されるものであった。

古代ハワイでは信仰による厳しい戒律があったため、特に女性には多くの規制があった。

そのため、カヒコは男性だけが踊ることを許されていた神に捧げる神聖な踊りであった。

当時のカヒコはメロディアスな音楽ではなく、チャント(詠唱)や太鼓の音とともに踊られていた。
その踊りはチャントの内容を体現する、パントマイムのようなものであったようだ。

それぞれの手の動きが虹や雨、花、風に揺れるヤシの木、波の動きなどを意味し、踊り自体が一つの物語を構成しており、すべての動きに意味を持つ。

メレ(踊りを伴う歌)の楽器は、サメの皮でできたドラムをたたいたり、ひょうたんを叩いたりする。

ネイティヴ・ハワイアンは、こうして古来ハワイの文化や生活様式などの歴史を、チャントやカヒコに記録し、後世に伝えている。

カヒコは、ネイティヴ・ハワイアンのスピリッツ、そのもの。

まさに踊りは祈りであり、大切な口伝なのである。

『フラは心の言葉であり、ハワイアンの鼓動である』  デイヴィッド・カラカウア王

ハワイ島

ハワイ島響き第6章ネイティヴ・ハワイアンのメインになる取材地。

ハワイ諸島で最も大きい島の為、ビッグアイランド(Big Island)という愛称で、呼ばれることが多い。

人口は、約18万5千人(2010年調べ)。面積は、日本の四国の約半分の大きさである。

島の最高峰のマウナケア山(Mauna Kea)は、4,205m。富士山よりも高く、海底から計算すると世界一の高さを誇る。

また、地球上最もアクティブな活火山と言われるネイティヴ・ハワイアンの聖地キラウエア火山を含む、ハワイ火山国立公園がある。

カメハメハ大王の生誕地、復元されたヘイアウ(神殿)など、キャプテン・クック絶命の地でもあり、歴史的にも重要な場所が多く点在する。

 

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ヒロ

ハワイ郡の郡庁所在地。
ハワイ島で最大の地方自治体地域。政治・経済の中心地であり、日系移民によって開発された都市。

東海岸の南ヒロ地区に位置しており、ホノルルに次ぐハワイ諸島第二の港湾都市で、ハワイ島西海岸のコナと共にリゾート地としても知られている。ハワイ島最古の町。

ヒロとはハワイ語で、編み方、ロープという意味。
現在も多くのネイティブ ハワイアンの住む地でもある。

《別名 雨の都》

ハワイ諸島に北東から南西へ吹く卓越風の風上にあるので西海岸のコナに比べて雨が多く、アメリカ合衆国でもアラスカ州南東部のケチカンとヤクタトに次いで3番目に降水量が多い地域である。そのためこのようにも呼ばれている。

《地名の由来》

定説はないが、「新月の最初の夜」か、あるいは「ポリネシア人の航海者」にちなんで命名されたものであろうと言われている。

世界最大のフラコンテスト「メリー・モナーク・フェスティバル」開催地である。

《メリー・モナーク・フェスティバル》

メリー・モナーク・フェスティバル現在ハワイでフラと呼ばれるものは、欧米風的、観光音楽的なフラ・アウアナ(現代フラ)と、ネイティヴ・ハワイアン伝統のフラ・カヒコ(古典フラ)の二つに分類される。

ネイティヴ・ハワイアンによって企画され、初めてフラ・アウアナとフラ・カヒコを部門別けして開催したのが、このメリー・モナーク・フェスティバルという世界最大のフラ・フェスティバルである。

キリスト教受容によって弾圧されていたフラを復興させたカラカウア王(通称「陽気な王様」=Merry Monarchと呼ばれたためこの名称)を記念したものである。

48年前に始まったこのフェスティバルは、押し寄せてきた欧米文化によって端に寄せられ、沈黙していたネイティヴ・ハワイアン文化の復活であり、彼らの創造の時代の始まりでもあった。

毎年、3月下旬から4月上旬(イースターサンデーから)の一週間で開催される。

フラコンペティションのほか、パレード、コンサート、クラフトフェアなど開催され、町全体がフェスティバルとなる。

メインとなるフラの大会は、前夜祭(ホイケ・発表会)を含めて4日間、エディス・カナカオレ・スタジオで行われる。

ソロ「ミスアロハフラ」、グループで古典フラ「カヒコ」、現代フラ「アウアナ」を競うものである。

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ヒロ 〜ケアウカハ〜

ヒロのビーチでハワイアンの聖地といわれているケアウカハ。 

白人達が土地を横暴に支配してゆく時代に、“ハワイアンの血統を持つ民” のためにクヒオ王子が確保した一帯。

生い茂る緑 (モンステラやアヴァプヒ) と溶岩に波が穏和に砕けるビーチパークが続く地域。

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コナ

ハワイ島の西海岸に位置する。町はノース・コナ地区、サウス・コナ地区とに分かれている。

ハワイ島で2番目に大きな都市、カルアイ・コナはハワイ島の商業中心地でもあるが、この都市をはじめとしてハワイ島の拠点となる地域である。

フアラライ山沿いに広がるコーヒー・ベルトでは、コナコーヒーの生産が行われる。

ノース・コナ地区には日系人が多めで、コナ高野山大師寺(真言宗)もある。

ハワイ諸島に北東から南西へ吹く卓越風の風下にあるので、東海岸のヒロに比べ雨が少なく、比較的乾燥した気候である。

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キラウエア火山

キラウエア火山ヒロ南西48kmに位置する。地球上最もアクティブな活火山と言われるネイティヴ・ハワイアンの聖地。

1983年1月3日以来ずっと噴火を続けている。

ハワイ火山国立公園として1916年に国立公園に認定。ユネスコにより1980年に世界生物圏保護区に指定され、1987年には世界遺産地域に登録された。

キラウエア火山の火口ハレマウマウは火の女神ペレの住みかとされている聖地。

古来ハワイにおいてフラは、火山の女神(火の神)ペレ(pele)に、彼女の妹であるヒイアカが、ペレの怒りを鎮めるために踊ったのが始まりとされている。

ネイティヴ・ハワイアンは、今でもペレが生きていると信じ、神を敬う気持ちを大切に持ち続けている。

新たな地と命を生み出す神聖な場所にふさわしい、大地の形成と破壊の原始的プロセスを目撃できる景色が広がる場所である。

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マウナケア山

マウナケア山標高 4,205mの楯状火山。

裾野にあたる太平洋の海洋底から測ると、10,203mの高さがあり、エベレスト山を抜いて世界で最も高い山である。

ハワイ島を形成する5つの火山のうちの1つ。

ハワイ語でマウナ・ケアとは「白い山」の意であり、冬になると山頂が雪に覆われることから名づけられた。

山頂には、過去30万年間に少なくとも4回の氷河エピソードがあったことを示す証拠が残されている。

山頂近くには、先史時代に石器用の玄武岩が採掘されていたとされるアヅ採石場 (Adz Quarry) がある。

このアヅ採石場にある厚い岩石は、溶岩が氷河の下で噴出したときに形成されたと考えられている。

12月〜1月にかけての平均最低気温・平均最高気温 -3.2℃/-2.4℃

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ワイピオ渓谷

ハワイ島のハマクア地区にあり、ハワイ語で「曲がった水」を意味する崖に囲まれて海に面した谷。

水が豊かなこの地には、落差390mのヒイラヴェ滝やカルアヒネ滝など幾つかの滝が流れている。

ネイティヴ・ハワイアンが、古から聖なる力が宿る地であると信じられていて、王族のゆかりも深く、今も大事に守っている。

かつては王族が住む政治の中心地であり、険しい崖には洞穴があり、そこには多くの歴代王達が、埋葬されている。

今でも現地の人が昔ながらの生活を営んでいる地域。

現在、50人程のタロイモ農家や漁師が暮らしている。

その他の取材候補地

モロカイ島

ハワイ諸島で2番目に人口が少ない島。

全長61q、幅は広いところでもわずか16q。北東の海岸には高さ1,100〜1,200mもの世界最大の崖がそびえ立ち、南部の沖合にはハワイ最長のサンゴ礁が約45qに渡って広がっている。

平均気温は、約23-29℃と一年中過ごしやすい。

人口は約8,100人(2009年現在)。また、別名 Friendly Island (フレンドリーアイル)、Most Hawaiian Island(もっともハワイアンな島)とも呼ばれている。

そして、フラ発祥の地ともされる。

ハラワ渓谷島の人口のおよそ60%が、生粋のネイティヴ・ハワイアンを先祖に持つ家系であり、伝統文化が今でも根づいている。

信号機は一つもなく、手つかずの自然、古代から伝わる遺跡、生活様式など環境を変えることを望んでいない島民によって守られている。

ハラワ渓谷は、ネイティヴ・ハワイアンがモロカイ島で、一番最初に集落を作ったエリアとされ、今でもまだ南岸沿いに古代の養魚池が残されている。

フラの誕生を祝い「踊りの中心」を意味する、「カフラピコ」という祭りや、ハワイ伝統文化を継承する、「カ・モロカイ・マカヒキ・フェスティバル」が開催されている。

ホエール・ウォッチング・シーズンは12月から5月末までで、ピークとなるのは1月から4月初頭。

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カウアイ島

古くからネイティヴ・ハワイアンの住む最古の島。

カウアイ島ハワイ諸島の最北端に位置し、直径約50kmのほぼ円形で総面積1430.4km²。火山活動によって形成された、ハワイで3番目に人口が少ない島。「庭園の島」というニックネームがある。

伝説にあふれた歴史が多く残る地である。

なかでも建築と工学の才能に秀でた小人族メネフネの話はよく知られている。
森に住んでいて、水路と養魚池をたった一晩で造ることがよくあったと言われている。

今でもリフエ近郊では、メネフネ養魚池として知られるアレココなどの養魚池が残されている。

HIBIKI Color 赤:太陽 黄:月 白:宇宙 これらの色を合わせて「世界」を意味する。