世界の12の先住民族の物語を紡いでいく旅。ドキュメンタリー映画「響き 〜RHYTHM of DNA〜」
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DNA
12の先住民族
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ABORIGINAL:アボリジナル
CELT:ケルト民族
ALASKAN TLINGIT:アラスカクリンキット族
HOPI:ホピ族
TAIWANEE HILLTRIBE:台湾の山岳民族
NATIVE HAWAIIAN:古代ハワイの先住民族
AINU:アイヌ民族
UNKNOWN:未知
CELT:ケルト民族
主なシーン01
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 【ディレクターズ・ノート:奇跡、そして奇跡、ハレルヤ! (前編)】
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教会の内部 現地時間 2014.4.20 19:30

 今日という一日、ハレルヤと叫ぶ以外に表現しようがない。

 昨日、奇跡的に宿を見つけた。しかし、今となってみればそれは今日の序章に過ぎなかったのだ。
 いや、もしかしたら今日のハレルヤもこの先に起きるであろうその序章に過ぎないのかもしれない。

 そう思うと、僕はただ日々の出来事を喜べばいい。そして、ただ歩けばいい。それが僕の生き方になってゆこう。
 僕という存在はもう「個」なのか「全体」なのか、その逆でもあろう。
 ひとりひとりという「宇宙」。僕もそのひとりに過ぎず。あるのは願うことよりお祈りを届けるだけである。

 今朝は早々に宿をあとにした。
 向かった先は、島の窓口、インフォメーションセンター。シマンチュータイムなのか、オープンの10時を回ってもドアが開かない。10分ほど待ったらやっとスタッフの女性が車でやって来た。

 オフィスが開いてすぐに中に入った。自己紹介からはじめて、アランのドキュメンタリーを撮りたいと申し出る。
 しかし、秒殺された。

 シマンチューに密着したいと、紹介してくださいとお願いしたら、それはここでは出来ない。あなたがこの島のドキュメンタリーを撮るのは自由で良いが、シマンチューはコネクションを辿るかそれが出来なければ自力で探しなさいとのことだった。

 オフィスをあとにする僕の膝がガクンと来たのを感じた。
 でも、深呼吸をしたら、すっと澄んだ気持ちに戻った。そんな一発目からうまく行くわけはないと、自分を慰める。

 そして、短くお祈りした。「私に知恵を授けてください」
 しばらくその場に立ち竦んで遠くの海を見ながら思いを巡らせた。

 このままだと、観光客レベルで終わる。島の内部に入ることが出来なければ、「らしいケルト」、「らしいアラン島」止まり。確かに、あまりにも素晴らしい景色、古代のケルトを今に残す街を撮るだけで、それらしきものにはなるだろうし、もちろんそれだけでも価値はある。しかもカメラは4K。撮る映像は圧巻になるだろう。

 しかし、僕は魂が震えるほどのケルトを感じたいのだ。そこに今に生きるケルトの子孫たちの命が、息がある。

 祈りが通じたのか、急に閃きがやって来た。

 ただでさえイースターで観光客に溢れているイニシュモア島。シマンチューはどこにいるのか?

 「!」

 今日は日曜日。アイルランドでは今はほとんどをカトリックが占める。彼らにとって宗教は宗教を超えて生き方になっている。

 そうだ、教会だ! 日曜日にはミサが開かれる。そこに行けばたくさんのシマンチューがいるだろう。そこでアタックしてみよう。

 そして、近くにいたシマンチューに、チャーチーはどこですか? 今日は何時からミサが開かれますか? と聞いた。
 11時。今から向かえば間に合う。そこで勝負だ。

 そして、この閃きが当たった!

 教会は古代のケルト様式を持ったままの、映画で見たそれだった。建物だけでうっとり。

 早めに着いたので、たまたまミサの準備をしているファザー(神父)に挨拶をして、ドキュメンタリーを撮りたいから助けてくださいとお願いした。

 若いファザーは、笑顔で、今はミサの準備をしているから、終わってからお話を聞きましょうと言って下さったのだ!

 僕の頭に「希望」という二文字が灯った。

 ミサは実にファンタジーだった。教会いっぱいのシマンチューたち。観光客は当然ながらほとんどいない。ましてや東洋人は僕だけだった。
 また、美しいアイリッシュの少女が歌う賛美歌は、天使の歌声だった。賛美歌だけど、音色はアイリッシュ音楽そのもの。
 しばし、ファンタジーの世界に。

 そして、ミサが終わり、シマンチューも去ってゆき、いよいよ一人になって、祭壇の奥にあるファザーの部屋に向かった。

 「!」

 ファザーがいない! 先、約束したのに、、、。

 近くを探していたら、ミサの後片付けをしている聖歌隊の女性がいたので、ファザーはどこかと聞いた。もうダブリンに戻る飛行機に乗る為に車で向かいましたよと、絶望的な返事が返って来た。

 そのファザーは、ダブリンからミサの為に、日曜日だけ来ているようだった。

 僕は、またしも膝がガクンと折れた。しかし、必死モードにスイッチが入る。

 ファザーのことを教えてくれた聖歌隊の女性に、アランのドキュメンタリーを撮りたい、助けてくださいと粘った。

 最初はそれは出来ないと何度も「No」と繰り返していたが、島にもうひとりファザーがいるから彼に会ってみればと助言してくださった。

 そして、教えてもらった先が、なんと、イニシュモア島の老人ホーム!

 とにかく、藁にもすがる思いの僕は、教えてもらった場所へ向かう。

 ちなみに、イニシュモア島はとても大きい島。今日、僕はなんども同じ道を行ったり来たりして、とにかくよく歩いた。日本で歩き慣れていてよかったと心底思った。

 そして、日本から遙か離れたアイルランドの離島、イニシュモア島で、まさかの老人ホームに来ることに。
 雰囲気は、日本の老人ホームととても似ていた。かつてこんなに観光化される前のイニシュモア島、人間が到底住めない環境で生き抜いて来たホンモノのケルトシマンチューたちが今、年老いて、若い人の世話になっていたのだ!

 長老だ!

 ここにいるファザーはこの島の長老に違いない!

 僕は勝手にそう思い込んで、スタッフに紹介して頂いたファザーの名前を告げる。

 (中編に続く)

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【ディレクターズ・ノート:奇跡、そして奇跡、ハレルヤ! (中編)】
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老人ホーム敷地内にある古いマリア像 現地時間 2014.4.21 10:00

 今朝目覚めても、まだ耳に残っているシマンチューたちの笑い声とアイリッシュミュージック。

 昨晩、島のパブに人々が集ってイースターの夜を飾るというので、僕も立ち寄った。

 想像を超えて、愉快だった。興奮しっぱなしの夜を過ごす。

 歌にダンスに笑い声に、高らかと話し合う島のストーリーテラーたち。

 あきらかに英語ではない。ゲール語が飛び交う。アラン諸島では今もゲール語が多く話されていると聞いてはいたが、こうして目の前で繰り広げられるとここは古代のまま現代にタイムスリップして来たのかと思った。しかもゲール語はその抑揚も古代っぽい。

 僕も拙い英語とハートで、妙に深くコミュニケーションが取れて、いきなり粋なシマンチューの若者と友達になって、今日はお昼に彼が僕を迎に来る。

 というのも、昨晩、彼は自分のiPhoneの中の映像を僕に自慢した。

 それは、イニシュモアのぞっとするような断崖絶壁から海に飛び降りる彼の姿。

 今日、それを私に生で見せるというのだ。

 それを、4Kで撮ろう。ケルトの子孫のDNAはやはり命知らずか。

 昨日という長い一日を振り返ろう。

 (ハレルヤ! 中編)

 老人ホームのロビーでしばらく待っていたら、ファザーがいる場所に通された。

 礼拝の正装をされた年老いた彼はぴかぴかと輝いていた。なんというかこの世の人ではないようにさえ思えた。

 ファザーは威厳さと柔らかさを漂わせて、異国からやって来た僕を暖かい笑顔で迎えてくださった。

 カトリックの礼儀をまず通す。ファザーの前に軽く跪き、彼の手にキスをして、ご挨拶。

 そして、簡単に自己紹介を終えて、アランのドキュメンタリーを撮りたい、助けてくださいと申し出た。

 ファザーは笑顔で、僕のそれには答えず、僕が英語を聞き取れているかどうかも気にもせず、ずっとずっとご自分のお話しをされるのだ。

 僕もなんとかその言葉たちの中に、ヒントがあるのではないかと、必死に聞いた聞いた。

 アラン諸島の歴史、ケルティックとカトリックの関係とか、そのような話だったと思う。

 そして、ファザーが一息つく隙を見て、もう一度アランのドキュメンタリーを撮りたいので助けてくださいとお願いした。

 で、また、ファザーはご自分の話をずっとずっとされる。

 「・・・・・・」

 ははは、はははと会釈するしかなかった。しかし、内心は焦っていた。

 しかし、ここはお祈りの力で突破だ。

 「神様、私に英語を日本語に変えようとしないで、英語をそのまま受け入れるようにしてください」

 すると、ファザーの言葉が少しずつ耳に残るようになったのだ!

 そして、ファザーの言葉の一番最後の、一番肝心な助言に間に合ったのだ。

 最後の最後に、シマンチューを紹介すると仰ってるのだ。

 とあるレストランをやっている人で、この島で一番のケルティックだという。その人がいるレストランと名前を教えてもらった。

 とにかく、藁は辛うじてつながった。今からそのレストランに向かおう。

 ファザーにお礼を申し上げて、その部屋から出ようとしたとき、ふと思ったことがあったので、何気なしに聞いてみた。

 「あのー この島に日本人はいますか?」

 「お、ひとりいるよ、T子さん」

 「え! いるんだぁあああああ!」

 「どこに住んでいらっしゃいますか?」

 僕はイニシュモア島の地図を神父に広げた。すると、彼はものすごくアバウトにこの辺だと言って大きな丸を書いてくださったのだ。

 「もう少し小さい丸がいいのに、、、」と、思わずつぶやいてしまった。

 よーし、「T子さん」だけで十分。歩いて歩いて探しだそう。

 T子さんに会えば、この島の現状やいろんなことにアドバイスを頂けるかもしれない。

 再び「希望」という二文字が頭にぴかっと灯った。

 「ファザー、I Love You!」と叫んで老人ホームを飛び出した。

 とにかく、大きな丸の方向に向かおう。

 そして、歩いた歩いた。大きな丸の近くになって、通りにいるシマンチューにT子さんの居場所を聞いたら、

 「おぉ! ストーンハウス」と言って、正確な場所を教えてくださった。ラッキージャストヒット!

 そして、目の前に、ファンタジーの世界から飛び出たばかりかと思う石垣で出来たお家が現れた。

 ドキドキ、ワクワク。いやドキドキのほうが80%。ドアのノックを叩く。

 年配の男性が家の中から出てきた。

 「エクスキューズミー T子さんはここにいらっしゃいますか?」

 「いるよ。カミング!」

 応接間にNさんがいらっしゃった!

(後編に続く)

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【ディレクターズ・ノート:奇跡、そして奇跡、ハレルヤ! (後編)】
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ストーンハウス 応接間で僕を迎えるT子さんの目が点になっていた。

 アラン島で日本人が自宅を訪ねてくるのは随分久しぶりのようだ。

 ひとまず、老人ホームのファザーがT子さんのことを教えてくださったので、訪ねて来ましたと、プロローグをお話した。

 続いて、アランのドキュメンタリーを撮りたいので、島についていろいろと教えて頂けないでしょうかと、お願い出た。

 T子さんは、今から15年くらい前にアランに住み着いた方で、それまではヨーロッパ中を回りながら、日本語教師をしていたと言う。

 ご自分でもどうして最後にこの島に辿り着いたのか、人生は不思議と仰っておられた。

 T子さんはTEさんというアランのシマンチューと結婚して一緒に暮らしている。

 僕の話をじっくり聞いてくださるT子さん。そして、「随分クレイジーなことをなさってますね」と、ぱっと咲く笑顔で笑われた。

 僕はこの笑顔を知っている。その笑顔を浮かべる人は、自身も狂ったほど何かの信念にかき立てられ、冒険をして来たチャレンジャーが、パイオニアが浮かべる笑顔だ。

 アボリジナルアートを日本に広めた内田まゆみさんもこのような笑顔をなさる。

 そして、T子さん、僕の話にぐいぐいのめり込んで来てくださった。

 すごい「場」になって来た。まるで渦巻きだ。そして、取材を協力してくださることになったのだ!

 そして、僕は正直に申し上げた。インディーズ制作の映画で、今、お礼にお支払いするお金を持ち合わせておりません。でも、いつか、いつか、、、と口を濁す僕に、T子さんとTEさんがきっぱり。

 「いや、そんなの要らない」

 僕の目頭が熱くなって来たので、ぐっと堪えた。日本を発って、なんのコネクションもないまま、アラン諸島に飛び込んだ。必死だった。必死で歩いて歩いた。

 そして、神様から「必要なものが与えられた」のである。

 しかも、奇跡はこれだけで終わらなかった。

 表面上は観光地化してみえるが、実は、島には、今もなお、半分農業、半分漁業で、暮らしているケルティックがまだまだいる。TEさんが彼らを紹介してくれると言うのだ!

 島の奥に入れた!

 このストーンハウスの場の波は激しく打ち続ける。

 しかし、なんと、T子さん、明日から日本に久しぶりに帰省することになっていると言うのだ。

 「そんなぁ、、、」と、奇跡の波がいったん引く。

 しかし、僕の必死モードが次の波を引き寄せる。

 T子さんがいなくても、TEさんが島の人を紹介するから、僕のテレフォンナンバーを教えろというのだ。

 僕は日本でも携帯電話を持ってないのですと正直に話したら、すごい不思議がられた。

 電話がないと連絡が出来ないから困ったわねと。しばらく、TEさんとT子さん、困った様子で英語を交わす。

 あぁ、難しいのかなと、、、波が地球の裏側まで引いていくのを感じた。

 しかし、次の瞬間!

 「よし、分かった。上に部屋が空いているからホステルをすぐに引き払って、うちにいらっしゃい。うちの旦那とずっと一緒にいれば、私が日本に帰っている間もなんとかなるわよ」

 僕のいつものリアクション「え!? え!? え!?」も出なくなって、ついにフリーズしてしまった。

 辛うじて声を取り戻し、

 「どう感謝の気持ちを表せばいいか、、、せめてのお礼にホステルに払うお金を払わせてください!」とお願いした。

 しかし、

 「いや、それは断る。私たちはいっさいお金を受け取りません」

 しかも、日本から用意して来たギフトを差し出して、せめてせめてと申し上げたら、

 「いや、それはこれから取材するシマンチューのひとに渡しなさい。私たちは何もいらない」と、TEさん。

 僕は、魂を体中を熱いものが駆け巡るのを感じて、目が真っ赤になってしまった。

 僕はただただお二人の手を取って、深く深く頭を下げて、ありがとうございますを何度も口にした。

 それしか、どうすればいいか分からなかった。

 昨日のことを思い出しながら書いていると、今も目頭が熱くなる。

 一気に僕もアラン・シマンチュー仲間入り。

 ということで、明日の火曜日からシマンチューのTEさんの家にホームステイすることになった。

 ちなみに、T子さんが留守の間、畑仕事や、わんちゃんのお世話を私が受けることにした。せめての恩返し。

 見せてもらった畑をみてさらに感動!

 ドキュメンタリー映画「Man of Aran」にあるように、岩を砕いて、わかめを引き詰めた畑なのだ!

 いきなり、響き第2章ケルト編に迫る。

 ハレルヤ! ハレルヤ! ハレルヤ!

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【ディレクターズ・ノート:時空を超えて(前編)】
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デズが作ってくれたサンドイッチ 現地時間 2014.5.5 23:00

 クローパトリック。古きから今に受け継ぐケルトの聖地。

 僕は彼らに招かれたのか、それとも惹かれ迷い込んだのか。

 いや、僕はこの地に住んでいる妖精の誘惑のまま彼女たちの住処に連れて行かれた。そして、時が過ぎるのも忘れて踊り狂い、あっという間に何十年も経ってからこの世に戻されたのか。

 僕はまるでケルト版浦島太郎になってしまったようだ。

 昨日という永遠の一日を綴ろう。

 前日、叩き起こせと言ったデズのほうが、なぜか僕より早く起きていて、1階に降りていってテーブルについたら、すぐさま暖かいコーヒーとトーストが出てきた。

 そして、僕にしてみれば二人分はあるだろうと思うサンドイッチを渡されて、

 「よし、10分後に出発だ!」

 クローパトリックまでの道をかっ飛ばす。強い雨が窓を打つ。

 僕は前日にお祈りした。

 「ケルトの聖地。あなたたちの威厳、そのファンタジーを撮らせてください。その為に一番良いようにしてください」

 雨が多い国と聞いていたが、あまりにも晴れている日が多いので、さすがにそろそろ「ケルトの国」と分かる映像を撮りたかったのだ。おかげで僕は日焼けして顔が真っ黒けになっている。

 ケルトの国、、、それは、

 空を低く覆う灰色の雲。その下のすべては、太陽を望み、命をくねらせて上へ上へとその手を伸ばす。

 オークの木たちが今に起き出して歩きはじめそうだ。

 そんなケルトを撮りたい。

 朝、激しい雨の音で目覚めた。嬉しい反面、雨が降ると撮影がとてもたいへんになる。しかもひとりでキャメラのケアをしながらの撮影はひどく体力を消耗するだろう。

 「しまった、、、やっぱり晴れてるほうがいいなぁ」

 と、言ってみるも空には低い雲が流れるわ流れる。確かにイメージ通りだ。

 デズが、クローパトリックの登山口で僕を下ろしてくれた。

 毎年7月の最終日曜日にはアイルランド全土から一日だけで、数千人が訪れるというが、今日の強い雨に登山者はまばら。とても静かだ。

 「デズ、ありがとう。僕は撮影しながら登るから、一日中、山にいるだろう。夕方、下山したら、そのままウェストポートに行き、宿を取る。明日のゴールウェイのバスが朝早いので、ルイスヴァーグには戻らない。なのでこれでお別れだ。でも、必ずまた会おう!」

 デズを見送って、深呼吸をひとつ入れた。ぐるっと回り遠くを見上げる。

 てっぺんが雲に隠れたクローパトリックがその威厳を表す。

 僕は今その麓にいる。それを意識した途端に、時空が変わったのを感じた。古きケルトの時代にジャンプしたのだろうか。

 (中編に続く)

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【ディレクターズ・ノート:時空を超えて(中編)】
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クローパトリック頂上/地元の巡礼者たち 現地時間 2014.5.6 16:00

 クローパトリック、けっこう険しいお山で、今、思うとよくこんなにヘビーな荷物を持って登ったなぁ。

 時折すれ違う登山者が、大丈夫かと声をかけて来る。見た目が大げさだったのだろう。

 遠くに見えるクローパトリックの頂上は厚い雲に覆われていた。雨がますます強くなって来たので、とりあえず頂上まで登って、下山の時にキャメラを回しはじめよう。

 一歩一歩と足を上へと運ぶ。

 はじめのうちは、靴が地面に食い込むんじゃないかと思うくらい荷物を重く感じた。

 しかし、10分も歩かないうちに不思議な感覚に襲われる。

 まるで誰かが重い荷物を下から支えてくれてるようなそんな感じがして来たのだ。

 気配を感じる度に振り返ってみるが、だるまさんがころんだの遊びでもしているつもりだろうか、それはぱっと消える。

 下山するまでずっと続いた。おかげで軽々と頂上まで登っては、雨がどんどん強くなって来てるにも関わらず、オフロードまで飛び回った。自分の身があまりにも軽かったのだ。

 頂上に辿り着くまでの景色は、圧巻。威厳。ケルトの神々がふつうにそこら中を歩いている、そう理解したほうが楽になるだろう。

 むしろ人間がここを歩いているほうが、不自然じゃないかと思うくらい、異次元、別世界だった。

 叙情詩的に短文を書くならば、

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 僕は気がついたら大きな白馬に跨がって山を登っていた。馬を飾る調達品にはケルト文様が刻まれていて、その腹を蹴る僕の足には、銀色の鎧具が纏ってある。

 クローパトリックを登るに意味など要らない。ここにいることが答えであり真理であろう。僕はケルトの風となり偉大な騎士となった。歩く道には花が喜び、けものたちも喜び吠える。その声は天まで届こう。

 風は己の威力を世に知らしめようと、すべてを吹き飛ばそうとする。またお友達の雲は、彼を助けるべく激しい雨を降らす。

 しかし、風は傲っていた。自分の威力に酔いしれて、一瞬のスキを見せる。

 あまりにも速い己の流れに、空をすべて覆い尽くすことが出来ず、時折、空を太陽に譲ってしまう。

 その瞬間、太陽は今かと、遠く下の街に、森に、湖に、光のシャワーを浴びせる。

 しかし、彼女もすべてを一瞬では照らすことが出来ず、風のシャワーと混ざり合う。

 僕は白馬の上からその光景を見た。なんと壮大でエキソチック!

 神々の戯れに巻き込まれた僕は気づいたら、クローパトリックの頂上に立っていた。

 今度は霧に包まれた静寂の世界。

 突然、一匹の野生の羊が向こうからやって来ては一声泣いてみせる。

 その音に、あ、と我に返る。白馬は消え、鎧も消えた。

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 このようにクローパトリックに登り、下山した。

 下山の時、撮影を開始。

 強烈な風と雨の中、時間を忘れ、オフロードを歩き、とにかくあっちこっち歩き回った。

 今朝、デズが下ろしてくれた場所に戻ったら、6時になっていて、9時間近く山を歩いたことになる。

 さぁ、ウェストポートまで歩こう。ルイスヴァーグとウェストポートのちょうど中間時点にあるから、約10km。

 しかし、時計を見た瞬間、一気に疲れが噴出して来た。今までどこにこれが眠っていたのだろうか。

 永遠に感じ始めた10km。でも、仕方ない。通る車も少なくヒッチハイクが出来れば幸運。

 僕は歩き始めた。

 しかし、10mも歩かないうちに、信じられないことが起きる!

 (後編につづく)

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【ディレクターズ・ノート:時空を超えて(後編)】
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クローパトリック中腹から見下ろす景色 現地時間 2014.5.6 18:00

 クローパトリック・マウンテン。

 登山の時、まるで誰かが僕の荷物を下から支えてくれたような感覚があり、軽々と山を駆け巡った。

 しかし、下山。9時間近くも歩き回っていたことに気づいて我に返る。

 今夜の目的地のウェストポートまでは10km。風に雨でしかも遅い時間。ヒッチハイクが出来れば幸運。とにかく、歩こう。

 しかし、10mも歩かないうちにそれは起こった。

 僕の荷物を支えてくれた存在の仕業なのだろうか、それともクローマウンテンの神様が、周到に用意してあったものなのか。

 いや妖精の遊びかも知れないし、そのイタズラなのかもしれない。

 後ろから車の音がした。僕はヒッチハイクをしようと、振り向いた。

 「!」

 手を上げるまでもなかった。車が急ブレーキーをかけて僕の目の前で止まる。

 デズの車。

 デズが運転席で、驚いた顔で僕を見下ろしている。

 ちょっと待った! 驚きたいのは僕のほうだ。デズに先に驚かれてたまるものか!

 でも、アイリッシュピープルの驚きのジェスチャーには、東洋人の僕がかなう訳がない。

 「オーマイガット! とし、お前はなんてラッキーなヤツなんだ。俺はこれからウェストポートまで、友だちのバースデーにゆく。ほんの一秒でもタイミングが合わなかったら、会えなかったんだぞ!」

 さらに、幸運が続く。

 「これからウェンディーとディナーする。お前も招待するから来いよ。そのあとマイフレンドのバースデーも一緒に行こう。ウェストポートいちのバーなんだぜ。アイルランド全土でも有名さー」

 そのあとはもう、もう、すごい夜だった。ウェンディーはデズのガールフレンド。その家族のティーンエイジャーの二人の娘さんともジェネラルギャップ、インタナショナルギャップを越えて交流。美しきガーデンも見せてもらい、チキンは丸一匹出された。そのうえ、安いホステルまで案内してもらい、車で送り迎えつき。

 そのあとのバーは、ウェストポートの人と人とアイリッシュミュージックの波に飲まれて、洪水のように時間が流れた。

 しかし、これで終わらないのがケルトの妖精だった。まさか、まさか、アランに帰ってまで続くとは、この時は想像もしなかった。

 (おまけ編:妖精の仕業に続く)

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【ディレクターズ・ノート:時空を超えて(おまけ編:妖精の仕業)】
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アイルランド本島とアラン諸島を結ぶフェリー 現地時間 2014.5.6 19:00

 アランに、はじめて来た時と同じフェリーに乗っているとは到底思えなかった。

 それは心境の変化であろう。

 誰も知らないアラン。プランもなければ、何もない。これが響きスタイル「アジェンダ・レス」。

 とは言え、自分の精神を強く保つに命かけのエネルギーを使う。

 「この先、どうなるんだろうか?」と、思う余裕もない。

 あるのは後を断ち覚悟。そして、お祈りと天に委ねるのみ。

 そんな生々しい記憶が蘇ると同時に、今、こうして戻るべき場所があるアランを懐かしくさえ思えた。

 しかし、船のこの揺れ様はすごい。よくこのような風と波に旅客船を出すなと思った。

 ジェットコースターに乗っているようで、急に持ち上がってはガクンと何メートルも落ちる。

 日本だったら、絶対にない。このシチュエーション。

 客室内を見渡したら、観光客ばかりで、このような天気でもアランに渡るということは、旅行スケジュールに組み込まれているので仕方ないのだろう。みんな落胆の表情を浮かべていた。

 アランに着いても、暴風に荒ましい雨。

 観光客たちは予めリザーブしてあるのだろう、各々の宿のシャトルバスが迎えに来ていて、あっという間に消えていった。

 僕ひとり残されたアランの埠頭。せっかくだから雨のシーンを撮ろうとキャメラを取り出し、ワンテイク。

 雨はまだ止まず。仕方ないので歩いてストーンハウスに向かう。

 しかし、あるなと直感していた。歩き出してすぐさま、僕の真横に急停車する一台の車。島のレンタルバイクをやっているM氏だ。

 僕が島に来てから毎日、歩き回っては、すれ違うシマンチューたちに挨拶していたので、みんな僕のことを覚えてくれている。

 M氏の車でストーンハウスまで送ってもらった。そして、家の中に足を一歩踏み入れようとしたその時、急に晴れて来たのだ!

 それは、まるでかくれんぼで、見つけてくれなくて飽きてしまい、自ら飛び出す子どものように、太陽がむっと現れた。

 おぉ! このタイミング。さすがにアランの神様が僕の帰りを喜んでくださったのかと思った。

 時間は午後3時を過ぎていた。

 びしょ濡れだったので、シャワーを浴びて来るとTEさんに言い残していったん部屋に。

 暖かいシャワーに心まで染みた。昨日の余韻がじわり蘇る。

 しかし、それも束の間。

 TEさんの呼ぶ声に慌てて下に降りると、

 「急に晴れたので、島の人たちが動き出すぞ! フィッシャーマンのパッキールが、今から畑仕事に出かけると連絡があった。15分後だ。間に合うか?」

 「はいッ!」

 「それだけではない、ポーリックも畑に出る。パッキールの撮影が終わったら、ポーリックのところにすぐに飛んでいけ!」

 僕は昨日の余韻を感じる間もなく、髪の毛も濡れたまま、キャメラに新しいメモリーカードと電池を装備し、自転車で飛び出した。

 それから、それから、、、

 素晴らしいショットが撮れた。パッキールは17才の息子と畑に出ていて、指導しているわ、ポーリックは、このでかい岩は俺のファザーが運んだんだ、どうだ、すごいだろう、俺のファミリーこそ、Man of Aranだと、先祖の自慢を始めるわで、、

 とにかく、このあっという間に、響き第2章ケルト編で取材したかったテーマを撮ることが出来た!

 しかも、へとへとになっての帰り道、今度は牛を移動させるシマンチューたちにも遭遇。ばっちり撮れた。

 とにかく、シマンチューたちが太陽が出て来たスキに一気に動き出したのである。

 僕はそれに奇跡的に間に合ったのだ。

 ふぅ。

 実はゴールウェイで、夕方のフェリーに乗る予定だったが、お昼の便にたまたま間に合ったので一本早く帰って来たのだ。

 しかも、しかも、これでも終わらない妖精の仕業。

 疲れ切って帰って来た僕に、TEさん、

 「ドルイド(ケルティックの司祭)のダーラーから連絡があって、木曜日の12時に来いと言うのだ! それだけではない、シャンノスのシンガー、テレサからも連絡があって、彼女は水曜日の2時だ」

 どこまで続ける気? 妖精さん。

 今日はもうこのへんで勘弁。

 この夜、TEさんと久しぶりのディナーを楽しみ、パタンと眠りに着いた。

 長い長い妖精との戯れにやっと夜がやって来たのである。

 【時空を超えて:お終い】

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HIBIKI Color 赤:太陽 黄:月 白:宇宙 これらの色を合わせて「世界」を意味する。