世界の12の先住民族の物語を紡いでいく旅。ドキュメンタリー映画「響き 〜RHYTHM of DNA〜」
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DNA
12の先住民族
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ABORIGINAL:アボリジナル
CELT:ケルト民族
ALASKAN TLINGIT:アラスカクリンキット族
HOPI:ホピ族
TAIWANEE HILLTRIBE:台湾の山岳民族
NATIVE HAWAIIAN:古代ハワイの先住民族
AINU:アイヌ民族
UNKNOWN:未知
ABORIGINAL:アボリジナル
主なシーン01
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【ディレクターズ・ノート:響きファーストカット(前編)】
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【ディレクターズ・ノート:響きファーストカット(前編)】

 2013年5月13日。前日の夜。

 空には天の川、ミルキーウェイが地平線の向こうまで続いていた。船があったらほんとうに乗れそう。時折、流れ星が夜空に長い尾を引く。

 明日に迫った響きファーストカット。ふつうならああしよう、こうしようとプランのひとつでも捻ってみるものだが、そういった類のものはどこにも見当たらないので諦めて、思いは天の川に乗って遠く別の銀河へ。

 昼間はあれだけ暑かったのに、夜、そして次の日の朝はまるで冬が一気に訪れたような冷え込み。砂漠地帯の寒暖の差を身に覚え、嬉しくなる。

 9時過ぎて、アボリジナルのシェーラさんが、案内役のKさんに連れられて登場。Kさんは、7年前に単身で中央砂漠に飛び込んで来て、今では現地のアボリジナルの言葉を話せるまでになった冒険者。昨日は、Kさんとはずいぶん盛り上がった。話せば話すほど、重なる部分を両者が発見しては歓喜の時間を共にした。気づけば夜も深く12時を回っていた。

 セッティングされた場所の真ん中にシェーラさんがすっと座る。これから二つのシーンが行われる。

 ・自然から得られる素材を使っての接着剤作りと槍などの道具の語り。

 ・アボリジナルアート

 アボリジナルの人々は道具を「ともだち」と呼ぶ。そう扱う。大地に座ったシェーラさんのその姿は美しかった。神様という大演出家はほんとうにいるのだろう。シェーラさんを照らす光、どこまでも赤い土、私もちゃんと生きているよとその存在をさり気なく伝えて来る無類の雑草たち。埃をかぶっているその姿は痛々しくもあるが、幸せそうだ。

 シェーラさんがなんの前触れもなしに目の前の草を棍棒で叩きはじめた。

 クランクインか。僕もすっとカメラをローに構える。

 響きのスタイルは全カットローアングル。

 ドキュメンタリー映画「響き 〜RHYTHM of DNA〜」のカメラが回りはじめた。

 この先どれほどのカットを撮るのか想像も出来ないが、その確かな一歩を歩み出した瞬間だった。アングルを覗く僕の頭は、不思議と空っぽ。何もない。唯一あるとしたら五感が勝手に動き出したのを感じとった。

(後編に続く)

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【ディレクターズ・ノート:響きファーストカット(後編)】
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【ディレクターズ・ノート:響きファーストカット(後編)】

 2013年5月13日。接着剤づくりとインタビュー。

 そこら中に生えている草を摘んで来て、いや引っこ抜いて来てシェーラさんが棍棒を振り下ろして叩く。みるみるうちに乾き切った草が粉々になっていく。

 僕には全く区別もつかないが、粉を使うものと使わないものに分けていく。短い枝の先を口に入れてツバを塗って、選ばれた白い粉の中に突っ込んで付着させる。それを隣の枯れ草で起こした火の中で炙る。これを何回か繰り返すと、枝の先に接着剤が出来上がる。これを槍などの道具づくりの時に、各部品のジョイントに使うようだ。自然素材100%の接着剤の出来上がり。触った感じは、弾力性のある固いゴムのようだった。

 なるほどと思った。人類はどこの国でも昔から接着剤の需要があっただろう。他の国はどうやって接着剤を作っていたのか後日調べてみようと思う。

 作業しているシェーラさんにインタビューしてみた。印象に残っているのは、その技はいつ頃、誰から教わったのですかの質問に、

 「子どもの時から大人たちが作っているのを見て学んではいるけれど、ちゃんと教えてもらえるのは大人になってから」

 アボリジナルは多くのことを次の世代へ口伝で伝える。文化人類学を勉強して思ったが、アボリジナルの情報の伝達能力の正確さは驚くべきものがある。何万年もの前の出来事を、昨日の出来事のように伝えられるのは、口伝を様々なしきたりで大事に守って来たからだと思った。

 情報が途中で変わらないように、どんなに些細な知恵でも、それを伝える人が相応しいかどうか見極めた上で、適した年齢になってはじめて口伝する。アボリジナルにとって、口伝は、先祖から授かる今を生きる為の大切な叡智なので、命そのものと言っても過言ではない。とにかく、ひとつひとつを大切に丁寧に後世に伝えて来た。

 今、目の前で行われた接着剤づくりはもしかしたら、5万年前と何ら変わらないやり方なのかもしれないと想像するとわくわくして来た。響きのコンセプトにいきなり迫るシーンになったので興奮した。にしても、作業を続けるシェーラさんが楽しそうなこと。僕のローアングルも明らかにそれに同調していた。

 シェーラに最後に聞く質問は決まっていた。「あなたが大切にしているものを教えてください」

 彼女は笑顔を浮かべ、シンプルに答えた。「ウルル、エアーズロック」

 僕は一瞬、思考を失った。アボリジナルの聖地だ!

 これも説明は要らないだろう。どれくらい前からそこにあり続けているのか想像もつかない。5万年も前から? いや、もっともっと前からだろう。それと同じくらいに古くからいるアボリジナル。

 ウルル、エアーズロックは、まさに彼らの先祖の魂が今にも息つく場所。今の自分たちを先祖が見守って導き、過酷な大地で生きる叡智を授けてくれる。そのシンボル。聖地。アボリジナルは、これまでもそうだったように、これからも何万年、何十万年も先まで自分たちのスピリッツを継承し、物語を、口伝を伝えていくだろう。

 このファーストカットを終えて、今回のロケの軸が3つ見えた。

 ひとつは、今日のクランクイン、ファーストカット。

 ふたつめは、日本の311で原発に苦しむ人々へのメッセージを、国連事務総長に手紙で託したミラル族長イボンヌさんへのインタビュー

 最後のみっつめは、実際のアボリジナルと生活を共にしての、そっと寄り添うような密着取材。

 今もカカドゥ国立公園に向かって北上しながら、残る二つを交渉中。そして、風景などの描写は最後すべての取材が終わって、メルボルンへ帰りのロードで撮る。

 奇跡が起きますように。

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【プロデューサーズ・ノート:0008】
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【プロデューサーズ・ノート:0008】

 2013年5月13日。ついに響き、クランクインしました。

 ウルルリゾートのほど近く、Kさんのお宅の裏庭(といっても広大で、そのままずずずずずーっと、聖地の岩山に続く大地)に泊めていただいたのですが、そのすぐ側の地面を使って、アボリジナルのシェーラさんからアボリジナルの生活を教わるというプログラムを使いながら響き撮影開始。

 シェーラさんは、ウルル地区でも日本のメディア取材経験もある可憐な女性。様々な手作りの道具を地面に並べて「火の起し方」「接着剤の作り方」「砂絵の意味」を教えてくれるという。

 開始直後、通訳役になってくれたKさんが「シェーラは、このあいだ、東日本大震災の追悼のために千羽鶴を折ったんですよ」と教えてくれて会話がスタート。監督が「どんな気持で千羽鶴を折りましたか?」と聞きました。シェーラさん、ぽつぽつと話す言葉はわからないけれど、涙ぐんでいるのがよくわかる。

 本当に心ヤサシイ女性なんだなぁ。そういうのは言葉じゃなくても伝わるね。日本代表として、とても有難い感情が沸きました。

 オーストラリアの砂漠地帯に住むアボリジナルの方々に取って、日本のことって、はっきりいうと対岸の火事どころではなく遠い遠い場所の事なのに、素直にストレートに涙を流してくれるのが、先住民の人たちなのかもなぁ・・・と感慨。

 火起こし、接着剤づくりなど、とても興味深い知恵を教わった気がしました。このあたりでは、ウサギのフンを使って着火させるそう。接着剤も草の成分から。ああ、こうやれば、道具って、自然素材だけでつくれるんだ。しかし、どうやって思いつくんだろう。僕なら、接着剤を、草を叩いて粉にして熱してつくるなんて、絶対思いつかないな。最先端の科学者が、インスピレーションでウルトラハイテクノロジーを思いつくように、彼らの祖先も、ある日ビビッと気付いたんだろうなぁ。生活の知恵というものは、ビビッと感じる感性の賜物ではないかと感慨。

 Kさんは、アボリジナル語を話せる希有なる日本人。アボリジナルの生活も風習もすごく熟知されているのがよくよくわかりました。出会えてよかった、ありがとうございました。

 ロケを終えて、今回のロケで拾うべきものの一端が見えたように思いました。残り約二週間、何処まで拾えるのか、楽しみになってきました。

 今は、大急ぎでアリススプリングスまで戻り、明日以降の食糧調達、燃料調達を終え、マクドナルドでカプチーノ大を飲みながら、これ書いてます。しかし、AUはなんでも高いなぁ。

 明日以降のロケ予定はまだ決まっていません。福音と出会いを待ちつつ、カカドゥ国立公園方面に北進予定。

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【ディレクターズ・ノート:勇者えーちゃん現れる】
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【ディレクターズ・ノート:勇者えーちゃん現れる】

 2013年5月26日。これこそ、響きアドベンチャーの旅。

 旅を共にする勇者出現!

 これからカカドゥ国立公園、ジャビルカにいるミラル族長、イボンヌさんのインタビューを撮りにいく。彼女は311以降、原発に苦しむ日本人に向けて愛のメッセージを、国連事務総長に預けた方だ。

 HIBIKI「序章〜アボリジナル」で芯になる大事なインタビューだ。撮影許可申請は、日本にいらっしゃる方々が奇跡を起こしてくださっている。その奇跡を信じ切って、同時進行で僕たちはジャビルカに突っ込む。日本で奇跡を起こしてくださっている方々についてはまた別の機会に書こうと思う。この方々がサポートしてくださっているから、僕たちが生かされている。感謝。

 話しを戻すと、奇跡が連続して、インタビューまで辿り着いたとして、残る問題は「言葉」。せっかくのチャンスだ。片言より深いコミュニケーションを取りたいものだ。この地域は日本人の通訳はほとんどいないようで、プランに上がっていた方が難しくなったので、諦めて、ボディーランゲージで突っ込む覚悟をしていた。

 しかし、今朝方、閃いた。

 バックパッカーホテルに行けば、もしかしたら旅に長く、英語に堪能な日本人に出会えるかもしれない。荷物を車に詰める。しかし、僕の荷物の積み方がいつもと違う。

 もし奇跡が起きて、今日一緒にジャビルカに出発して、一週間共にしてくれる人が見つかったらと願い、ひとり分の荷物と座れるスペースを空けたのだ。奇跡を信じて。そして、バックパッカーホテルに、

 適任者がいた!

 僕たちの響きの心をお伝えしたところ、オッケー! 今から1時間後に、出発!

 今朝起きた奇跡。信念を持って行動すれば、必要なものはそこに、すでに用意されている。

 レッツラGO ジャビルカ!

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【プロデューサーズ・ノート:0012】
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【プロデューサーズ・ノート:0012】

 2013年5月16日。今日は、監督のいつにも増して変わった動きからスタート。

 キャサリンのモーテルで機材充電を済ませ、チェックアウトタイムぎりぎりまで、通信環境が必要な作業を済ませ、いざカカドゥ国立公園へ!ゴー!

 という段になって、昨日電源の関係で宿泊を断念したバックパッカーズホテルを訪ねたいという。そこに日本人が数名宿泊しているのは聞いていたのだが、そこに泊まっているバックパッカーに通訳を頼みたいのだという。

 けっこうぎっしり荷物が詰まったレンタカーを、なんとか、あと一人乗れるように荷物を積み直してゆく。まだ誰にも会えてないのに・・・???

 そして、バックパッカーズホテルに・・・。

 着くや否や、わしわしわしと、中に入ってしまう。クルマの鍵もかけ忘れて、わしわしと行っていまう。機材がいっぱい積んであったので、それも心配だからしばらく車を見張っていたのだが、帰ってこないので、ホテルの中まで入ってみると、ホテルのマスターの爺さんが、こっちに居るぞ〜と案内してくれる。(昨日、泊まるの断ったのに、人がいいなぁ)

 薄暗い廊下の奥で、一人の長身の青年と監督が話し込んでいる。おおお、すでにナンパ進行中。早いなぁ。会話に参加してみると、キャサリンで仕事を捜しているとのことで、オーストラリアに来てからもう10ヶ月にもなるそうだ。マスクもよい。人柄もよさそう。

 監督は、いきなり一週間の同行と通訳をノーギャラでを交渉している。怪しまれて当然のロケーションなので、響きの名刺を出す。響きの名刺は厚紙でできていて、印刷もエンボス加工がしてあって超高級なのだ!

 功を奏してか、なんと、一時間後に、荷物を整理した青年は、我々のレンタカーXtrailの後部座席に乗っていたのだ。

 なんと奇跡的な一日のスタート!

 通訳というレベルの英語はできませんよと謙遜するが、我々の英語レベルを知らないがゆえの謙遜。ともに自己紹介を行いながら、ジャビルーの町へ一路!そして、約300キロを走破し、三人はジャビルに到着。

 (写真は、カカドゥナショナルパーク公園の撮影許可を電話で交渉中の二人)

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【ディレクターズ・ノート:おむすびコミュニケーション】
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【ディレクターズ・ノート:おむすびコミュニケーション】

 2013年5月17日。昨晩、虫に刺されまくったので痒くて眠れず、空がしらばむ前に目覚めた。

今日、イボンヌさんのオフィスから電話連絡が来る。ただ待っているのもなんだから、今、僕たちが出来ることはなんだろうと考えた。

閃いた。イボンヌさんのオフィスで働いているみんなに何かご馳走したい。

おむすびだ。

 愛をめいっぱい込めて握ろう。炊き込み御飯にしてノリをまこう。でも、スーパー にノリが置いてるのだろうか。朝、ジャビルカのスーパーが開くのを待った。

 ノリがあった!

 ここから急いで握ったら、ちょうどお昼ランチに間に合って、召し上がって頂けるかもしれない。

 鳥肉と人参とマッシュルーム。味付は、しょう油と砂糖。でも、みりんがない。さて、どうしようかという時に、ラーメンに入っている粉末スープを入れたらどうだろうということになり、チャレンジ。

完成! めちゃうまいッ! 僕たちの愛を届けに参ろう! わくわく!

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【ディレクターズ・ノート:ウルトラ級の奇跡(前編)】
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【ディレクターズ・ノート:ウルトラ級の奇跡(前編)】

 2013年5月17日。結論から言うと、ウルトラ級の奇跡が起きた。

 さすがに僕も驚いている。けど、ほんとうに起きてしまった。

 おむすびの奇跡。今日のその一日のストーリィを、前編と後編に分けてお伝えします。

 僕たちの愛がいっぱい詰められたおむすびをイボンヌさんのオフィスに届けられたのは、ギリギリお昼前。おむすびの皿を持って現れた僕たちを見て、オフィスの奥にいるスタッフたちがくすくす笑っているのが分かった。僕たちのことを見下してるのが伝わって来た。でも、そんなのかまわない。愛のおむすびを届けるのだ。

 ロビーで少し待っていると、昨日、僕たちの相手をしてくださったデイビットさんが出てこられた。

 デイビッドさん、おむすびを受け取るや否やすぐそこのテーブルに皿を置く。

 「イボンヌさんのインタビューはやはり応じられない」と、いきなり断って来た。

 トカーンと脳震とうを起こしそうになる。この一言の重さを僕はよく知っている。響き「序章〜アボリジナル」のコンセプトが一気に消える瞬間なのだ。

 少しオーストラリアついて話しておきたいのは、何をするにしろ事前に許可を取らなければならず、相談ごともまずメールでとか、とにかくものごとを進めるには多くの時間とエネルギーを必要とする。例えば、今回の響きのようなインディペンデント制作の場合、許可をもらうのに必要な体力がまずない。許可が降りるまでに2ヶ月以上かかるのが常識のようで、僕たちにはまず出来ない期間の設定である。

 「やはり撮影許可申請は2ヶ月前に出してもらわないとイボンヌのインタビューは出来ない。申請書を出したとしても、インタビュー出来るかどうかの保証も出来ない」

 「またイボンヌは最近、メディアの質問攻めにあってとても疲れているし、病気がちだ。また身内の弟も具合が悪く、僕たちのオフィスにも来ていない」

 「あなたたちの熱意は理解出来るけど、インタビューは無理だ」と、お断りのオンパレード。

 しかし、僕は冷静だった。目の前のデヴィッドさんの目をじっと見つめた。すると、静かにそして強く、情熱がもりもりと溢れて来た。そして、響きスタッフ一同、諦めの雰囲気が漂う中、僕はデヴィッドさんがどう思うがどう断われようが気にならなくなった。

 結果は期待しない。僕が今、この瞬間出来ることをやろう。その覚悟を決めた。

 僕の目が、話す言葉が、みるみる力を帯びて来るのを感じる。僕の魂が乗り移った言葉を、日本語の分からないデイビッドさんにぶつけた。デイビッドさんの表情が変わって来る。それまでの冗談混じりの笑顔が消える。代わりにデイビッドさんの目が真剣味を帯びて来た。

 奇跡がはじまった。

 「分かった。とりあえず、中へ入ろう」と、デイビッドさんの部屋に通された。

 それまで一度して、僕たちを中に入れようとしなかったデイビッドさんが変わった瞬間だった。それから僕はデイビッドさんの目をじっと見据えたまま、ひたすら響きの情熱を伝えた、と、思う。

 というのは、あまりにも必死だったので何を言ったのか記憶が定かではない。その必死な僕の思いをこれもまた、旅の勇者、えーちゃんが必死に訳す。そして、最後に僕はお願いした。

 「私たちにとってはラストチャンス。どうかイボンヌさんにもう一度かけあってほしい。お願いします」と、僕は両手を合わせ祈るようにお願いした。

 すると、デイビッドさんがふと笑顔を見せて、「オッケー」

 僕は猛烈に感動した!

 イボンヌさんのインタビューが出来なくてもいい、今、目の前の、デイビッドさんが、僕の思いに共感してくださった! それで十分なのだ!

 デイビッドさんに深い感謝の気持ちでいっぱいになった。もう一度検討して頂いて、ダメだったら潔く日本に帰ろう。

 「月曜日に連絡するから連絡が通じる電話番号を教えてくれ」

 「いや、電話ではなく月曜日にオフィスに来ますので、直接僕たちに返事をください。時間を指定して頂けたらその時間に来ます」と、僕は表情が明らかに輝きはじめたデイビットさんに切り返した。

 うーむと困った表情を少し見せたあと、パソコンに入っている自分のスケジュールを開いて、

 「月曜日、9時にオフィスに来てください」と、今回の響きの旅で、はじめてちゃんとしたアポイントを取った。

 月曜日にお返事を頂くとしても、イボンヌさんのインタビューが出来るかどうかはなんの保証もない。しかし、僕は実に清々しい心持ちだった。もうなんの悔いもない。やれることはやった。あとは天のみ知る。

 プロデューサーが僕を案じて、「監督、よくやった。十分にやった」と、僕を励ます。僕たちはイボンヌさんのオフィスを後にする。

 しかし、このあとウルトラ級の奇跡が待っているとはこの時点の僕たちは知るよしもない。

(つづく)

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【ディレクターズ・ノート:ウルトラ級の奇跡(後編)】
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【ディレクターズ・ノート:ウルトラ級の奇跡(後編)】

 2013年5月17日。デイビッドさんがもう一度検討してくださる。月曜日に返事をくださる。

 2年に及ぶ準備をして来た響き、いきなり序章で躓くかもしれない。僕はオーストラリアに発つ前に自分に言い聞かせたことがある。それは、自ら響きへの執着を手放すこと。信念は深い。けれど、何事にも執着しない。例えそれが響きであろうとも。月曜日がどのような結果になろうとも期待しない。

 「みんな、月曜日になるまで分からないけど、不安になることはありません。わくわく。わくわくしていれば、きっと道は開かれる」

 土日の二日間が空いたので、せっかくだからカカドゥ国立公園をエンジョイしましょうと一同に提案。余ったおむすびを頬ばんで、すぐに車を走らせる。ちなみに、おむすびは最高にうまかった!

 昼も遅く、近場に行くことに。しかし、僕たちが向かったのは、美しいビューポイントではなく、3年前に閉山したウラン鉱山だった。

 ジャビルカのウラン鉱山は、露天掘り。信じられないかもしれないが、むき出しのままウランが採取されていた。またウランの精製過程で使用する水、放射線に汚染された水を貯めておく為にどでかい池を作って、そこに流した。ウラン鉱山の近くに、かつてそこで働く人たちが住んでいた街の看板が見えた。

 それからすぐにその池はあった。どうしてこのような池が、国立公園という美しい大自然のど真ん中にあるのか。痛々しい。

 時は3時に近く、古代からの壁画を見に行こうかどうかと悩んだ。あまり遅くなると暗やみの中でテントをはることになる。それは避けたい。欲張らず、一同は戻ることにした。

 この時、このなんでもない判断で、ウルトラ級の奇跡を呼び込む「スタンバイ状態」に入っていったんだと今思う。

 テントをはってる最中にえーちゃんの携帯電話が鳴る。彼の友達からよくかかって来るのだ。それだろうと思った。

 電話を切ったえーちゃんが、興奮気味に、「イボンヌさんの事務所からです」

 「???」

 僕の思考がついていけなかった。イボンヌさんの事務所から電話がかかって来るなんて全く思ってなかったし、午前中、おむすびを届けに行ったら、いきなりインタビューを断られたばかりだ。再度検討してくださるも、それは月曜日に分かる。また、えーちゃんの携帯電話はプリペイド式で今日までしか使えず、通じる携帯電話がなくなるので、だから月曜日に直接行くとも言ったのだ。

 昨日のファーストコンタクトの時、デイビッドさんではない別の人にえーちゃんのナンバーを伝えたことは覚えている。とにかく、あまりの想定外の電話が入ったのだ。

 「すぐに来てほしいと言っています」

 僕は野営の準備をすべて中断して、車を急発進させた。

 なんだろう? 良い知らせなのかそれともやっぱりダメなのか。鼓動が高まって来るのを感じた。

 ジャビルカの中心街を少しでも離れると電波が届かないので携帯電話はもちろんインターネットも使えなくなる。つまり、ウラン鉱山のあと、欲張って他に行ってたら、イボンヌさんのオフィスからの電話を受け取ることは出来なかった。僕たちは知らずに、ウルトラ級の奇跡を呼び込む「スタンバイ状態」に入っていたのだ。

 イボンヌさんのオフィスまでの約10分の距離をぶっ飛ばした。オフィスの駐車場に車を突っ込もうとしたそ時、一台の車が中から出ようとしていた。その車の運転席の人から先に入りなさいと合図が送られる。

 デイビッドだ!

 呼び出されたのに本人は帰るのか。早めに断ったほうが良いと判断して、そのことを伝える為に呼び出したのかもしれない。部下に言伝を託して、デイビッドは帰ってゆく。一秒も満たない短い時間にいろんなことが頭を過る。

 すれ違いさまに向こうの運転席側のウィンドウが下がった。

 僕が知っているデイビッドとは違う彼がそこにいた。これまでに見せた表情と全く違う、それこそぱっと開いた笑顔があった。

 嬉しそうに、何かこちらに話しかけてくる。僕もすかさず対面側のウィンドウを下げて、えーちゃんに通訳をお願いする。

 パワーウィンドウのボタンを慌てて押した為に、開けなくても良い方も下がった。

 「おむすび美味しかったよ」と、助手席のデイビッドさんの奥さんから嬉しそうな声が届く。

 デイビッドさんがこれでもかという笑顔で続ける。

 「イボンヌさんはやはり難しい。体調があまりよくない。でも、彼女の妹さんがインタビューを受けてくれることになった。ベロニカはアートとダンスに優れていて、僕たちのクリエイティブ部門のリーダーである」

 イボンヌさんの妹さんがどのような人物なのか、デイビッドさんのステキな笑顔から、伝わる声の抑揚から、容易に想像出来た。デイビッドさんは短い言葉を僕たちに投げて、とにかく中に入りなさいと言って再び車を走らせようとした。

 僕はあまりにも嬉しくて、「デイビッド、I Love You!」と、叫んだ。

 デイビッド、大きく笑って喜んでくださった。

 オフィスの中に入った僕たちにさらなる喜びが待っていた。

 オフィススタッフから事務的な段取りを説明されたのだが、なんとそこにイボンヌさんの妹さんがいたのだ!

 妹さん名前は、ベロニカ・ウィリングス。とても美しい方だった。目がキラキラ輝いている。

 僕は思わず、はじめてお会いするにもかかわらず、あまりにも嬉しくて、彼女の胸の中に飛び込んでハグした。彼女も力強く僕を抱きしめ返した。そして、名刺代わりのメモに名前を書いてくださった。

 月曜日の9時。ベロニカさんインタビュー決定。感謝。すべての存在に感謝。今日この瞬間に生きていることに感謝。それから僕たちはその喜びの興奮を胸に、久しぶりのビールで祝杯の上げた。

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【プロデューサーズ・ノート:オニギリの件】
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【プロデューサーズ・ノート:5月17日、オニギリの件】

 2013年5月17日。昨日もまた、監督の変わったインスピレーションから一日が始まった。おにぎりを、イボンヌさんの事務所に差し入れしたい〜!!というのだ。

 「おにぎり隊」という、オニギリを日本の精神文化の象徴として海外に伝える組織があるというのはE島さんに聞いた事があるけれど、それは割烹着を着た女性が伝えるらしい。ノンアポ突撃隊の「男三人が握ったおにぎり」に効果はあるのか?むしろ逆効果ではないのか? いや、きっと逆効果に違いない!

 とはいえ、僕はコメデザインの代表という肩書きもあるので、コメのコミュニケーションに対して後ろ向きになるわけにはいかない。佐藤初女さんという女性が心を込めて握るオニギリが、多くの人々を癒している事も知っている。こめみそしょうゆアカデミーのツアーで、最高に旨いオニギリの握り方ノウハウも教わっている。しかも、息子のサッカーの試合の時のオニギリを握る仕事は、僕の日常仕事になっていて、オニギリを握るのは日常茶飯事である。餅を丸めるのもけっこう自信がある。ここは、前向きにオニギリコミュニュケーションに乗る事にした。

 スーパーで、約500グラム約1000円の鶏肉を、清水の舞台から飛び降りたつもりで購入し、炊き込みご飯オニギリを製作。(ダシは出前一丁のスープとゴマラー油。)

 やるからには心を込めなくては意味が無いので、あえてサランラップを使わずに素手で握る。男子が直接握ったオニギリを、事務局の女性スタッフが食べるのか?いや、食べないだろう?僕なら食べたくない。知らない人の握ったオニギリに海苔がしっとりぺったり付いてるのが嫌な人多いの知ってるしぃ・・・。

 いやいや、今はネガティブには考えずに無心、無心・・・。幸あれ、幸あれ。

 10個のオニギリに綺麗にノリを巻いて、サランラップをかけて、予定時間11時30分に事務局に届けた!!

 その後の展開は、石山さんのディレクターズノートに譲がるが、奇跡は確かにおきた。今回の奇跡の発動に、いくばくかの割合でオニギリがパワーを発揮したと思いたい。いや、きっと間違いない。だって、奇跡が起こった後、夕方に担当官のディビッド夫人とクルマですれ違う時に「スシ、デリシャス、サンキュー!」みたいなことを言ってくれたから。

 スシ・・・ではないんだけどね・・・。感謝。

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HIBIKI Color 赤:太陽 黄:月 白:宇宙 これらの色を合わせて「世界」を意味する。