2013年5月17日。デイビッドさんがもう一度検討してくださる。月曜日に返事をくださる。
2年に及ぶ準備をして来た響き、いきなり序章で躓くかもしれない。僕はオーストラリアに発つ前に自分に言い聞かせたことがある。それは、自ら響きへの執着を手放すこと。信念は深い。けれど、何事にも執着しない。例えそれが響きであろうとも。月曜日がどのような結果になろうとも期待しない。
「みんな、月曜日になるまで分からないけど、不安になることはありません。わくわく。わくわくしていれば、きっと道は開かれる」
土日の二日間が空いたので、せっかくだからカカドゥ国立公園をエンジョイしましょうと一同に提案。余ったおむすびを頬ばんで、すぐに車を走らせる。ちなみに、おむすびは最高にうまかった!
昼も遅く、近場に行くことに。しかし、僕たちが向かったのは、美しいビューポイントではなく、3年前に閉山したウラン鉱山だった。
ジャビルカのウラン鉱山は、露天掘り。信じられないかもしれないが、むき出しのままウランが採取されていた。またウランの精製過程で使用する水、放射線に汚染された水を貯めておく為にどでかい池を作って、そこに流した。ウラン鉱山の近くに、かつてそこで働く人たちが住んでいた街の看板が見えた。
それからすぐにその池はあった。どうしてこのような池が、国立公園という美しい大自然のど真ん中にあるのか。痛々しい。
時は3時に近く、古代からの壁画を見に行こうかどうかと悩んだ。あまり遅くなると暗やみの中でテントをはることになる。それは避けたい。欲張らず、一同は戻ることにした。
この時、このなんでもない判断で、ウルトラ級の奇跡を呼び込む「スタンバイ状態」に入っていったんだと今思う。
テントをはってる最中にえーちゃんの携帯電話が鳴る。彼の友達からよくかかって来るのだ。それだろうと思った。
電話を切ったえーちゃんが、興奮気味に、「イボンヌさんの事務所からです」
「???」
僕の思考がついていけなかった。イボンヌさんの事務所から電話がかかって来るなんて全く思ってなかったし、午前中、おむすびを届けに行ったら、いきなりインタビューを断られたばかりだ。再度検討してくださるも、それは月曜日に分かる。また、えーちゃんの携帯電話はプリペイド式で今日までしか使えず、通じる携帯電話がなくなるので、だから月曜日に直接行くとも言ったのだ。
昨日のファーストコンタクトの時、デイビッドさんではない別の人にえーちゃんのナンバーを伝えたことは覚えている。とにかく、あまりの想定外の電話が入ったのだ。
「すぐに来てほしいと言っています」
僕は野営の準備をすべて中断して、車を急発進させた。
なんだろう? 良い知らせなのかそれともやっぱりダメなのか。鼓動が高まって来るのを感じた。
ジャビルカの中心街を少しでも離れると電波が届かないので携帯電話はもちろんインターネットも使えなくなる。つまり、ウラン鉱山のあと、欲張って他に行ってたら、イボンヌさんのオフィスからの電話を受け取ることは出来なかった。僕たちは知らずに、ウルトラ級の奇跡を呼び込む「スタンバイ状態」に入っていたのだ。
イボンヌさんのオフィスまでの約10分の距離をぶっ飛ばした。オフィスの駐車場に車を突っ込もうとしたそ時、一台の車が中から出ようとしていた。その車の運転席の人から先に入りなさいと合図が送られる。
デイビッドだ!
呼び出されたのに本人は帰るのか。早めに断ったほうが良いと判断して、そのことを伝える為に呼び出したのかもしれない。部下に言伝を託して、デイビッドは帰ってゆく。一秒も満たない短い時間にいろんなことが頭を過る。
すれ違いさまに向こうの運転席側のウィンドウが下がった。
僕が知っているデイビッドとは違う彼がそこにいた。これまでに見せた表情と全く違う、それこそぱっと開いた笑顔があった。
嬉しそうに、何かこちらに話しかけてくる。僕もすかさず対面側のウィンドウを下げて、えーちゃんに通訳をお願いする。
パワーウィンドウのボタンを慌てて押した為に、開けなくても良い方も下がった。
「おむすび美味しかったよ」と、助手席のデイビッドさんの奥さんから嬉しそうな声が届く。
デイビッドさんがこれでもかという笑顔で続ける。
「イボンヌさんはやはり難しい。体調があまりよくない。でも、彼女の妹さんがインタビューを受けてくれることになった。ベロニカはアートとダンスに優れていて、僕たちのクリエイティブ部門のリーダーである」
イボンヌさんの妹さんがどのような人物なのか、デイビッドさんのステキな笑顔から、伝わる声の抑揚から、容易に想像出来た。デイビッドさんは短い言葉を僕たちに投げて、とにかく中に入りなさいと言って再び車を走らせようとした。
僕はあまりにも嬉しくて、「デイビッド、I Love You!」と、叫んだ。
デイビッド、大きく笑って喜んでくださった。
オフィスの中に入った僕たちにさらなる喜びが待っていた。
オフィススタッフから事務的な段取りを説明されたのだが、なんとそこにイボンヌさんの妹さんがいたのだ!
妹さん名前は、ベロニカ・ウィリングス。とても美しい方だった。目がキラキラ輝いている。
僕は思わず、はじめてお会いするにもかかわらず、あまりにも嬉しくて、彼女の胸の中に飛び込んでハグした。彼女も力強く僕を抱きしめ返した。そして、名刺代わりのメモに名前を書いてくださった。
月曜日の9時。ベロニカさんインタビュー決定。感謝。すべての存在に感謝。今日この瞬間に生きていることに感謝。それから僕たちはその喜びの興奮を胸に、久しぶりのビールで祝杯の上げた。