世界の12の先住民族の物語を紡いでいく旅。ドキュメンタリー映画「響き 〜RHYTHM of DNA〜」
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12の先住民族
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マヤ
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1-7 TRIBES
Sami 〜サーミ
取材コンセプト

極夜で太陽を待つサーミのスピリッツを取材する。

響き第10章サーミ編のテーマは、「闇」

闇とは何か?

極夜。正午過ぎのトロムソの市街この宇宙の原始は、暗黒。

そこからビッグバンが起きて、光が生まれた。

しかし、時と共に、光はますます強くなり、「正義」という価値観を作り出した。

それは、この世界を二分した。

行き過ぎた「正義」が生み出したものは、同じくらいの力を持った「悪」。

「多数」と「少数」、「男」と「女」、「水」と「油」、「太陽」と「月」

そして、「光」と「闇」

これら相反するもの同士は、争う為にあるのではなく、互いが学び合う為に存在するのではないだろうか。

世界が愛と調和に満ちるには、光と闇の真の姿に目を向けよう。

光と闇、互いが学び合う優しい世界へ。

そして、生まれた「命」を祝福しよう。

まさに、サーミが極夜明けの太陽を祝福するかのように。

光を待つ闇の住人、サーミのスピリッツに触れ、この地に先祖代々から伝わる叡智を紡ぎたいと思う。

太陽が沈まない白夜に対して、全く太陽が昇らない極夜。

今回あえて極夜の中を取材する。

春を待つ夜明け前の、暗闇の中での、命の蠢き。

太陽は極寒の中、サーミ族の人々にとって、必ず春がやってくることを告げる、「希望」そのものであろう。

サーミがいるラップランドは、フィンランド、ノルウェー、スウェーデン、ロシアの四ヶ国を跨がる。

フィンランドのヘルシンキで、レンタカーを借りて、北極圏を目指してさらに北上。

国境を行き来しながら取材する旅になると思う。

ラップランド

スカンジナビア半島北部から、ロシア北部コラ半島に至る地域。伝統的にサーミが住んでいる地域を指す。

♦面積:約 388,350 km²
♦首都:ロヴァニエミ
♦人口:約200万人。サーミは、5%程度(8〜10万人)
♦言語:サーミ諸語、ノルウェー語、スウェーデン語、フィンランド語、ロシア語

ラップランドラップランドとは、辺境の地を意味するが、西部はスウェーデンの広大な森林、フィヨルドや深い谷、氷河や山が続く地域。

東部はフィンランドで、低い高原に大小多くの湿地や湖が広がる地域で、最東端には、ツンドラ地帯が広がっている。

また北欧最大の湿地帯でもあり、今も氷河から流れ出る豊富な水が、美しい風景と生態系を守っている。

スウェーデンには、その氷河が未だ残る、アッカ(標高2015m)と呼ばれる聖なる山が存在する。

*アッカ山:世界遺産・ラポーニア(Laponia)に位置する、ストーラ・シュファーレット(Stora Sjöfallet)と呼ばれる国立公園内。

サンタクロースが住んでいる場所とされていることでも有名である。

白夜の夏は短く、冬は気温が、氷点下-40℃にまで下がることがあり、太陽が、1ヶ月以上顔を出さないところもある。

♦白夜

フィンランドの最北部にあるラップランドでは、太陽が沈まない日が70日以上も続く。

太陽が沈まないのは北極圏だけだが、白夜はフィンランド国内どこででも体験できる。

北極圏より南側の地域では、太陽が数時間地平線の向こうに隠れるが、それは暗くなるという意味ではない。

白夜はフィンランド全土で起こり、南部の海沿いにあるヘルシンキでさえも、実質上一日中明るい時期がある。

♦極夜

フィンランドの最北の地域は、北極線より北に位置し、冬の間、太陽の出ない日が、1か月以上続く。

しかし真っ暗というわけではなく、昼間の数時間は黄昏のような薄暗さになる。

この極夜を、フィンランド語では「カーモス(kaamos)」と呼ぶ。

サーミ

スカンジナビア半島北部、及びロシア北部コラ半島に至る、ラップランドと呼ばれる地域(ノルウェー、スウェーデン、フィンランドの北欧三国とロシアの四ケ国)に居住する、トナカイ遊牧民として知られる先住民族。

EU諸国で、唯一、土着の民族である。

現在、昔ながらのトナカイ遊牧専業のサーミは、約2,000人まで減った。

北方少数民族として、アイヌ民族などとの交流もある。

短い夏、太陽が沈まない白夜と、長い冬、太陽が昇らない極夜の、厳しい自然環境の中で、太古からこの地に生きて来た。

ラップランドの首都、ロヴァニエミには、石器時代より人類の定住があった遺跡が残っている。

その最初の住人が、サーミ人であったと思われる。紀元前750年から紀元前530年には、すでに焼畑農業が行われていた形跡もある。

無伴奏の即興歌のヨイクは、サーミの特徴として一般に知られている。

世界的に大ヒットした映画、「アナと雪の女王」に、サーミがモデルとなった。

【生活】

サーミは、フィン・ウゴル語派(ウラル語族系)のサーミ語を話す。

サーミ人の家族(1900年ごろ)もともとは「コタ」と呼ばれる一時的に居住するための家に住み、移動を続けてきた民族。

コタは、かつてサーミの呪医が儀式を行っていた場所でもある。

てっぺんの穴を通り抜けて、精神世界と接することができると言われている。

厚い毛皮のトナカイとともに、季節ごとに移動しながら、極寒の自然の中で、狩猟や遊牧を行なってきた。

サーミは、太古からトナカイと共にラップランドを自由に往来していたが、18世紀以降国境が明確に定められると、次第に定住を強いられ、それぞれの国の国民としての生活を余儀なくされ、サーミ語を話すことも禁じられた。

20世紀に入ると遊牧生活を送るサーミの多くが姿を消したが、サーミ語を守る運動も徐々に起こった。

今では、全体の約3分の1程度に当たるサーミが、移動生活を営んでおり、夏は海岸部に住み、冬は内陸部に移動していく。

他のサーミは、海岸とフィヨルドに散り散りに定住しており、多くは湖の側や谷の奥で、トナカイを飼うことを主な職業としながら、海で漁をしたり、狩猟や木の実を採取しながら村を構成して生活している。

また、現代都市部で生活するサーミも増えている。

【自然との調和と食文化】

かつてサーミは、トナカイと共に遊牧生活を送っていた。

1ヶ所に、たくさんのトナカイが留まると草を食べつくし、生態系のバランスが崩れてしまう。

トナカイの数を制限し、季節ごとに住む場所を変えるのも、サーミの知恵。

文明は目まぐるしく発展し続けている。その速さに自然はついていけない。唯一の解決策は、昔を顧みて自然と歩調を合わせることであると、サーミは話す。

そして、サーミの食卓には、「地産地消」の精神が深く根付いている。

トナカイは、肉を食し、毛皮も活用、1頭を余すところなく使い切るのが、サーミの伝統。

食用として、トナカイの肉をスモークやドライにもする。

トナカイ以外の食材は、魚、ベリー、猟の獲物、野鳥(ライチョウ)など。

【伝統衣装】

伝統的な衣装は、コルト(kolt)いう色彩豊かな上着。

サーミの男性フェルト地で作られるこの上着は、主に女性の手によって織られ、地方ごとに細かな差異が見受けられる。

帽子のデザイン、フェルトの地色や飾り付けの違いによって、それを着ている人がどの村の出身であるのか、大体のことがわかるという。

着丈は、北より南のサーミのほうが長くなる傾向がある。

長年に及んだ先住民族軽視の風潮の中で、自分たちがサーミ民族であることを宣言するのは並大抵の勇気ではできないことだったので、つい十数年前まであまり積極的に着られることはなかったが、近年の民族意識の高まりから若年層を中心に、洗礼や結婚式の際の礼服として着用されるようになってきている。

胸元のアクセサリーは、リスクまたはソルユと呼ばれる伝統衣装を身に着ける際、スカーフを固定するためのサーミ特有の宝飾品。

太陽を象徴し、西洋ネギの花の装飾が施されている。

リスクは、伝統的に結婚式のときに身に付けられていたものである。

トナカイの皮を使って作られた、個性的な形をしているサーミの伝統的な靴「ヌツッカート」も、有名である。

【行政・社会的地位】

サーミの社会的立場は、1992年にフィンランドで施行された「サーミ言語法」と、「サーミ本草案」によって規定されている。

この中で、サーミとは、「ラップ税」を支払っていたサーミの子孫たち、あるいは、上記のようなサーミの出自を持ち、本人自ら、もしくはその両親、祖父母の中に少なくとも一人がサーミ語を第一言語として学んだ人がいる者、あるいは、その子孫であると定められた。

つまり、民族を規定するものは、言語であるとの見解が取られたのである。

これにより、何らかの事情でサーミ語を第一言語として学んだ外国人をも、その範疇に含むことになってしまったが、民族を言語によって規定するといった方法自体は、サーミにも比較的穏やかに受け入れられた。

そして、サーミが自分たちのアイデンティティを確立、ないし獲得するために「サーミ議会」という組織を設立した。

サーミ議会は、ラップランドのノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシアの国境を跨ぐ、半国家の体をなしている。

しかし、完全自治権獲得への動きは見せていない。

サーミの旗サーミの旗は、1986年 8月15日にスウェーデンのイェムトランド県で行われた「北欧サーミ会議」で制定された。

ノルウェーのトロムス県の芸術家 Astrid Båhl のデザインに決定した。

デザインは、シャーマンの太鼓と、南サーミの Anders Fjellner (1795年-1876年) の詩である Paiven parneh(「太陽の子」の意味)をモチーフにしている。

その詩の中では、サーミを「太陽の息子と娘」と描写しており、旗の円は太陽(赤)と月(青)を表し、サーミの色である赤・緑・黄・青を持っている。

行政区画は、4つの国に渡る。そこでの主な領土は、次の県あるいは州になる。

♦ノルウェー領:フィンマルク県 、トロムス県 、ノルラン県 、ノールトレネラー県

♦スウェーデン領:ノールボッテン県 、ヴェステルボッテン県 、イェムトランド県

♦フィンランド領:ラッピ県

♦ロシア領:ムルマンスク州

サーミの総人口は、約227,000人

【五種類の異なる生活様式】

サーミは、大きく分けて五種類の生活様式に分類できる。

♦山岳サーミ(大規模なトナカイ遊牧を専業とする人々)

「サーミ」と聞いて連想されるのはこの系統の人々であり、北欧諸国が観光資源として活用しているサーミのイメージも、これが元となっている。

もっとも、現在ではトナカイの遊牧のみを職業としている人は皆無に等しく、その他副業として第一次産業についている人がほとんどである。

♦海岸サーミ

サガに描かれた交易の民とは、彼らのことを指したと思われるが、現在では他のスカンディナヴィア人と変わらない生活を送っており、その生計の中心は漁業を含めた第一次産業、第三次産業にある。

♦森林サーミ(小規模のトナカイ放牧を行う人々)

漁業、農業やその他第三次産業との兼業を主としている。

山岳サーミと森林サーミにおける違いは、その飼育するトナカイの種の違いから来ている。

山岳サーミが飼育するトナカイは、広大な牧草地とそれに伴う長距離の移動が必要な種であるが、森林サーミが飼育しているのは、森林の周辺に生える地衣類を主食とし、大規模な移動を必要としない種なのである。

♦河川サーミ(イナリ湖で漁業を行う)

♦湖サーミ(イナリ湖以外の大小の川で漁業を行う)

この2つの間に明確な違いはない。

ただ、漁業を主とする人々であることが共通している。

この二つを分ける要素は、その漁場の違いである。

「河川サーミ(イナリラップ)」は、フィンランドの最北部に位置するイナリ湖で漁業を行う人々(1996年現在でおよそ20人程度)を特に指し、「湖サーミ」はその他大小の川で漁を行う人を指すのである。

精神性

【信仰】

元々の信仰は、森羅万象に宿る様々な精霊を対象とした精霊信仰であった。

季節、人間や動物の健康や繁栄、自然がもたらす様々な災害や恩恵、あらゆる物が精霊の力によるものと信じていたのである。

そのため、全ての事象の根源である精霊の声を聞くシャーマンの存在は、サーミの宗教において必要不可欠なものだったのである。

精霊たち、また、父であり母である太陽や土地と交信し、森羅万象の変化の原因を突き止めるために存在していたのが、「ノアイデ」と呼ばれるシャーマンであった。

「ノアイデ」は、極めて稀な才能であり、それ故に、彼らは常に尊敬と畏怖の対象であり続けていた。

儀式のための鼓を持ったノアイデ (1767)【ノアイデ】

ノアイデは、シャーマン・ドラムを打ち鳴らしながらトランス状態に陥り、どの精霊が問題を引き起こしているのか、どうすればそれを解決することができるのかを知るのである。

誰かが病気になったとき、その魂は肉体を離れているという考え方が、サーミには存在しているが、この「盗まれた」魂を取り戻し、病気を治すのも、ノアイデの仕事だったのである。

【神話】

数々の神話は、北極圏の民族で、ヨーロッパ唯一の先住民であるサーミのいにしえの精霊信仰に由来している。

サーミの神話では、全てのものに魂があるとされている。

生き物でも、そうでないものでも、それぞれの物語がある。

岩や木、キツネやトナカイ、空に輝くオーロラ、トナカイの飼育民が使うナイフ、全てのものが英知を持っているとされている。

魂は、すべてのものの中にいつも存在しているとされている。

ラップランドでは、古代の神話が口頭で伝承されてきた。

神話は人よりも先にこの世に存在し、人がいなくなってからも存在し続けるもの。

すなわち自然そのもの。

ラップランドの生活は、母なる自然のサイクルに従うもので、季節のくっきりしたコントラストがそのペースを教えてくれる。

サーミの宇宙観では、世界は現実世界と、サイヴォ(Saivo)と呼ばれる天界、死者の世界の3つからなる。

死者の世界は地下に広がる。

人は2つの魂を持つと考えられており、1つは生の魂。これが肉体を離れるとそれは死を意味するが、2つめの「自由な魂」は肉体を離れることが出来る。

この自由な魂が病に関係しており、ノアイデ(Noaide、ノイド、ノイッデとも)と呼ばれるシャーマンは、自由な魂の媒介者としての役割を持っている。

ノアイデは、普段はわりと普通の村人であり、太鼓や歌(joik)、またはキノコなどでトランスする。

このトランス状態をサーミは、ディラン(Dirran)と呼んだ。

サーミの家はゴーティ(Goahti)とよばれ、家であり祠であった。そのため家に神々が住まうとされている。

【住まいの中の神々】

宗教における男女の差が、サーミの宗教の特色である。

極端に言えば男女で違う信仰を持っているともいえる。

これらは彼らの営む狩猟生活において男女の役割が、きっぱりと分かれていたことに由来すると考えられている。

つまり男にとっての宗教は、狩であり、漁、天候に関することであるのに対し、女性にとっての宗教は家の中のことに限られる。

また、サーミは、受胎が成立した時点では、人間は全て女性であると考えていたようである。

【変遷】

こうした精霊信仰も、16世紀に入り、キリスト教の布教がラップランドまで及んだ時、例外なく弾圧の対象となった。

現在サーミの大多数がルーテル教会、もしくは正教会に属しているが、17〜18世紀までにはこの基盤はすでに出来上がっていたと見られる。

この流れに抵抗し、精霊とノアイデへの信仰を忠実に守り続けたサーミも決して少なくはなかったが、宣教師たちは彼らを迫害し、特にノアイデの改宗、撲滅に努めた。

キリスト教布教の動きが最も高まったのが、19世紀、ラエスタジアス牧師(彼自身もサーミである)が、サーミの改宗に訪れたときであった。

彼が創始したラエスタジアス派は、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドで現在でも広く信仰されている。

しかしキリスト教のサーミへの布教は、サーミ固有の文化の破壊を意味していた。

こうしたキリスト教化の流れの中で、それでもノアイデは19世紀半ばまで生き残っていた。

精霊に付いての知識や薬草を用いての民間療法の方法は、今なお伝承されているが、それと信仰が結びつくということは、完全になくなってしまった。

【社会の成り立ち】

サーミの社会は、神の意志と、「シイーダ」と呼ばれる多数の親族から成る集団内の、長老たちの知恵に基づいて運営されていた。

長老たちは、現世の問題(人々の諍いや、狩猟、漁労のメンバー、いつ、どこで行うか、どれだけ採るか、いつトナカイを移動させるか、といったようなこと)を解決していたが、神や非現世に関する問題は、ノアイデに一任されていた。

シイーダのリーダーは、そのシイーダ内の最年長の男性もしくは女性が勤めていた。

トナカイを飼うサーミの場合、シイーダの構成員はそれぞれが各自のトナカイを所有しているが、飼育や管理は共同で行っている。

また漁業を行うサーミのシイーダは、同じ漁船に乗る男たちによって構成されている。

このような組織は、広大な土地を小人数で管理する際の有効な手段として開発され、長い歴史の中で発展したものだった。

また異なるシイーダ間においても、長老同士が、様々な問題を解決するための一種の協議会を形成していた。

ヨイク

サーミの音楽を特徴付けるのは、ヨイク (Yoik あるいは juoiggus)と呼ばれる、基本的に無伴奏の即興歌である。

シャーマニズムと関連して誕生した音楽で、自然界とコミュニケーションを取るための道具、方法としてとらえられる。

サーミは森羅万象に宿る様々な精霊を対象とした精霊信仰である。

精霊たち、また、父であり母である太陽や土地と交信し、森羅万象の変化の原因を突き止めるために存在していたのが、ノアイデと呼ばれるシャーマンであった。

ノアイデが、激しいトランス状態の中、精霊との交信を行うのだが、さらにその状態を深めるため大声で歌われていた歌、これが「ヨイク」である。

サーミの太鼓太陽や月、山、川 などを対象に、その成立に関する物語を歌う「叙事詩」のような形式を取ることもあれば、対象への賛美と感謝を歌う讃歌のような形式を取ることもある。

また、人間同士のコミュニケーションのためにも用いられる。

赤ん坊が誕生した時、その子供に対して歌われたり、親しい人同士でその人の外観、人格的美点、欠点、 人生など描写したヨイクを歌い合うこともある。

たった一人でトナカイが牽くソリに乗ったとき、その孤独を癒すためにも歌われる。

ヨイクを構成する詩の言葉は、極度に省略、簡略化された特別の言葉、あるいは象徴的なイメージ群からなっているのである。

ヨイクは子音と母音の組み合わせから成り、歌い手はそれを慎重に選択、配列することによって、一言に膨大な情報を持たせるのである。

【ヨイクの昨今】

ヨイクをすること、それはキリスト教会と政府によって処罰の対象とされていたので、老年層のほとんどはヨイクを歌おうとせず、中年層はヨイクを知らないといった状況が生まれつつあった中、ヨイクは復興の兆しを見せつつも、すぐには身を結ばなかった。

民族的アイデンティティ復興の動きは、ニルス=アスラク・ヴァルケアパー(通称:アイル)というフィンランド国籍のサーミ人現代詩人が、ヨイクを始めたことで一気に進んだ。

彼の目的は、古いスタイルのヨイクを、あくまでその基本を損ねることなく復活させることであった。

彼は、1994年ノルウェーのリレハンメルで行われた冬季オリンピックの開会式壇上でヨイクを熱唱し、多くのサーミに勇気と希望を与えた。

ラップランドの自然

一日中太陽が昇らない極夜の冬。

24時間輝く太陽が待っている夏。

白夜その激しい光のコントラストは、フィンランドでの生活や人々にどのような影響を与えているのだろか。

極北の地であることから、南部の森林密集地域を除いては植物もまばらである。

代わりにラップランドでは鉱物資源が豊富で、スウェーデンの鉄鉱石、ノルウェーの銅、ロシアのニッケル・アパタイト等の高価な鉱床を持っている。

トナカイ、熊、狼などの動物や、鳥は陸鳥だけでなく海鳥も活動している。

また、ラップランドには、海にも川にも多くの漁場がある。

いくつかの湖では汽船が利用され、またいくつかの港は不凍港である。

【神聖なる山・サーナ山】

多くのラップランドの神話に登場する、キルピスヤルヴィ村を見下ろすサーナ山。

サーミにとって神聖な場所であり、その頂上には、至高の神「ウッコネン」にささげる火が燃えている。

ケロ(枯れ木)【ケロ(枯れ木)】

ラップランドの過ぎ去りし時間と、荒々しい自然環境を感じさられる、ラップランドの自然を象徴する、フィンランド語で「ケロ」と呼ばれる枯れ木。

【オーロラ】

フィンランドのラップランドでは、1年のうち200夜、もしくは空が澄んでいる日の2日に1度の割合で、オーロラが観察されている。

サーミの伝説によれば、キツネが北極圏の丘を走るとき、尻尾が雪原に触れ、それが火花となって巻き上がり、夜空に光となって表れると伝えられている。

フィンランド語のレヴォントゥレット(revontulet)は、この伝説から生まれた言葉で「狐火」という意味だそう。

【世界遺産】

スウェーデンのラップランドである自治都市「イェリヴァーレ(Gallivare)」、「ヨックモック(Jokkmokk)」、「アリエプローグ(Arjeplog)」は、1996年にラップ人地域として、ユネスコ世界遺産 (複合遺産)に登録された。

【国立公園】

フィンランドには、39の国立公園があるが、フィンランド独立100周年を迎える2017年には、40番目の国立公園が誕生する。

群島、湖、森、泥炭地、山などに点在する国立公園では、急流や地溝帯、エスカーなど、その地域の多彩な自然を見ることができる。

♦レンメンヨキ国立公園:フィンランド最大の国立公園

北ラップランド多様な自然と、サーミの文化と金鉱の興味深い歴史を知ることができる。

♦ウルホケッコネン国立公園:フィンランドで2番目に広い国立公園

広い丘と深い森。北部の大自然を体験できる。サンタクロースが住んでいるという伝説の「コルヴァトゥントゥリ山」は、この国立公園内にある。

♦カイヴォプイスト公園

国立公園ではないが、日本映画「カモメ食堂」に登場したカフェ・ウルスラがある。バルト海に面するヘルシンキで最古の公園。

【季節】

ラップランドでは、真夏には一晩中太陽が沈まない白夜が続く反面、冬になると「カーモス」と呼ばれる極夜がラップランドを暗闇のベールで包み、不可解で神秘的ながら、心地よく落ち着いた静寂が広がる。

オーロラはダンスをしながら夜空を照らし、別世界からのメッセージを伝える。

極夜では、わずか3〜4時間の日照時間しかない2ヶ月ほどの期間がある。

この時期、ラップランドは雪と氷に閉ざされ、木々すらも樹氷に覆われ白一色の世界に。

時にはマイナス40度をも超える極寒となり、人々は春の訪れを今か今かと待ちわびる。

♦春

太陽は希望の光。

太陽がもう少し高く昇るようになるのは1月の下旬。

土地によっても違い、山の麓の村では、なかなか太陽の姿は見えてこない。

そして日が少しずつ長くなり、ある日、突然、太陽の光がまっすぐに自分を照らしていることに気づく。

太陽は極寒の中、春がやってくることをはっきりと教えてくれる希望そのもの。

春になって日差しが戻ってくると、木々や植物、動物、そして人間が冬の眠りから目覚め、すべてのものがイキイキした喜びで満たされる。

サーミが、太陽を祝福することは、太古の昔からこの地の伝統である。

極寒の地での生活は厳しいが、それゆえにサーミの生活は、本来あるべき人間と自然の関係の原点を示しているといえよう。

♦夏

北極圏の針葉樹林は、2カ月もの間、白夜の太陽の光を浴びる。

植物やベリーは花を咲かせ、ゴツゴツとした原生地もたくさんの太陽の光に照らされる。

人間よりも、トナカイの数のほうが多いラップランドでは、夏の間、トナカイたちが野生の草の生える山に向かう。

♦秋

「ルスカ」(紅葉)が、ラップランドを鮮やかに彩り、調和のとれた物憂げな感情を呼び起こす。

これからやってくる冬の準備をする前に、自然がその力と美しさを輝かせる時期でもある。

♦冬

極夜(カーモス)の間は、地平線上の赤い影が薄暗いけれども、心地よい雰囲気を作り出し、春になれば日の光が戻ってくるのだということを思い出させてくれる。

太陽の光を待つ冬は特別な季節。

10月から11月にかけて高原が白いブランケットで覆われると、長い冬が始まる。

HIBIKI Color 赤:太陽 黄:月 白:宇宙 これらの色を合わせて「世界」を意味する。