世界の12の先住民族の物語を紡いでいく旅。ドキュメンタリー映画「響き 〜RHYTHM of DNA〜」
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マヤ
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1-7 TRIBES
KENYA - ケニア
取材コンセプト

響き第9章は、野生動物の王国、アフリカのケニアを旅する。

ケニアの国旗は、独立に伴い1963年12月12日に制定された。 黒は国民、赤は独立のために流れた血、緑は豊かな自然を表している。 中央にあるのはマサイ族の盾と槍。これまでは、人を軸に、大自然との関わりを取り上げて来たが、今回は、初として、人と動物の世界をテーマに置く。

響きは、人類の祖先が、子孫繁栄の為に伝えて来た叡智を紡ぐ旅。

第8章まで、旅を重ねて得た大切な真理のひとつに、「人も自然の一部である」ということが挙げられる。

これは、ともすれば、とても当たり前なことではあるが、しかし、現代社会は、この立ち位置から遠く離れたところで文明を展開して来た。

そして、今の世界の多くの歪みは、これを起因とする。

「人も自然の一部である」という概念を、この世界に取り戻すことが急務のように思えるが、長い時間をかけて本質から逸れた分、すぐにはとても難しいだろう。

しかし、今、我々が始めればいい。

我々も、「先祖」なのだ。

時間をかけてこの歪みの世界になったのならば、同じくらいの時間をかけて、取り戻せばいい。

そして、美しい地球を、遠い先の子孫に残すのだ。

響き第9章アフリカ・ケニア編では、ケニアのサバンナに生きる先住民族と野生動物たちとの世界を旅するが、ここ、自然王国を支配するのは、人ではない。

ここの住人は、野生動物。

そして、人も、「野生動物」の一員に過ぎないのだ。

響き第9章アフリカ・ケニア編のコンセプトを、「人間力」と定め、

このような、野生の掟の中で、先祖代々、この地に伝わる叡智とは何か? そして、人も自然の一部として、自然王国の住人として、生きてゆくに必要なもの、、、

彼らの生き方、そのものが口伝であり、叡智なのかもしれない。

アフリカ

アフリカは、広義にはアフリカ大陸およびその周辺のマダガスカル島などの島嶼・海域を含む地域の総称で、六大州の一つ。

(六大州:アジア、ヨーロッパ、アフリカ、北アメリカ、南アメリカ、オセアニア)

アフリカ大陸の面積は、3037万 km²。日本の面積の約80倍。

国の数は、56ヶ国。

アフリカの地域アフリカは主に、東部、西部、南部、中央、エジプトを含むサハラ砂漠以北に分けられる。

サハラ砂漠以南のアフリカは、かつてヨーロッパ諸国から「暗黒の大陸」と未開の地のように呼ばれたが、実際には古代から文明があった。

特に東アフリカは人類発祥の地と言われている。

【人類の起源】

*アフリカ単一起源説

地球上のヒトの祖先はアフリカで誕生し、その後世界中に伝播していったとする自然人類学の学説。

分子系統解析の進展(いわゆるミトコンドリア・イブやY染色体アダムなど)によって、人類は14 - 20万年前に、共通の祖先を持つことがわかり、これはアフリカ単一起源説を強く支持するものである。

*人類の進化

人類は600万年前〜700万年前頃、共通の祖先から、人類と類人猿に分かれて進化したといわれている。

ヒト属(ホモ属)は、およそ200万年前に、アフリカでアウストラロピテクス属から別属として分化し、ヒトの属するホモ・サピエンスは、40万から25万年前に現れた。

またこれらの他にも、すでに絶滅したヒト属の種が幾つか確認されている。

その中にはアジアに生息したホモ・エレクトゥスや、ヨーロッパに生息したホモ・ネアンデルターレンシスが含まれる。

2500万年前頃、大陸移動による大陸の分裂や衝突があって、各大陸の気候は大きく変化し、アメリカ大陸やヨーロッパは寒冷で霊長類は絶滅したようである。

しかし、アフリカ大陸は温暖で霊長類が生きつづけ、600万年前頃、アフリカ大陸大地溝帯には多種の生物が生息していた。

また霊長類の進化を促す気候の変動もあって、類人猿や人類の分化が行われたと考えられている。

318万年前の化石人骨「ルーシー」*318万年前の化石人骨 ルーシーの発見

1974年11月24日 エチオピア北東部ハダール村付近で発見された化石人骨。

推定年齢は約20歳。脳の容積は375〜500CC、身長110cm、体重29Kg、骨盤の形から直立歩行していたとされる。

アウストラロピテクス・アファレンシス(アファール猿人)の中で最初期に発見されたもののひとつであり、全身の約40%にあたる骨がまとまって見つかったという資料上の貴重さから、広く知られている。

ルーシーの発見は、類人猿に近い脳容量と、人類に近い直立二足歩行を行なっていた痕跡を示す人骨という点で重要であるうえ、人類の進化において脳容量の増大よりも、二足歩行が先行していたことを裏付ける証拠にもなっている。

*人類の派生

現代人に繋がるとされる人類、ホモ・サピエンスは、4万年前にはオーストラリアへ、2万年前にはイギリスへ着いたとされ、約1万5000年前の氷河期に海水面が下がり、ベーリング海峡が陸化し、アジア大陸と北米大陸が陸続きになり、南北アメリカ大陸へ分布を広げていった。

その後、氷河期と間氷河期による海面の上下変化等の異変により、各大陸に隔離され、イラン付近を起点にして南ルート(イランからインド、オーストラリアへ)、北ルート(イランからアルタイ山脈付近へ)、西ルート(イランから中東・カフカス山脈付近へ)の3ルートで拡散したとしている。

南ルートをとった集団がオーストラロイド(アボリジニ オーストラリア先住民)、北ルートがモンゴロイド(中国人、日本人、アメリカ先住民)、西ルートがコーカソイド(ヨーロッパ人、クロマニヨン人)非出アフリカがネグロイド(コイサン語族 アフリカ人)ということになる。

すなわち4つの民族が生まれたとされる。

このように、アフリカでは人類と類人猿の分岐となった化石など多くが発見されている。

ケニア

国名は、ケニア共和国(Republic of Kenya)。通称、ケニア(ケニア山に由来する)。

首都は、ナイロビ(約390万人)で、マサイ族の言葉で「冷たい水」を意味する。

主な言語は、スワヒリ語と英語。総人口は、約4,725万人。

【自然・地理】

ケニア共和国アフリカ大陸の東海岸に赤道をまたがるように位置するケニアの面積は約586,600平方キロメートル。日本の約1.5倍の国土を有する。

内水域はおよそ10,700平方キロメートルで、この大半はヴィクトリア湖およびトゥルカナ湖が占めている。

インド洋やヴィクトリア湖沿岸は、年間平均気温が26℃の熱帯性気候であるが、国土の大部分は、標高1100m - 1800mの高原となっているため、年間平均気温が19℃の乾燥した高原サバンナ地帯となっている。

11月から3月にかけては北東モンスーン、5月から9月には南東モンスーンと呼ばれる季節風が吹く。

最高地点は赤道が通るケニア山(標高5199m)。

雪をいただく氷河作用を受けた高山、断層と火山の大地溝帯、古代の花崗岩の丘、平坦な砂漠地形、サンゴ礁と小島などがあり、多様性に富んだ地形が特徴となっている。

【民族】

キクユ族、ルオ族、マサイ族、ソマリ族など、42の民族がいる。

また、その他にアジア系、ヨーロッパ人、アラブ人などが少数存在する。

しかし、これらの民族、部族区分はイギリスが植民地支配のために造り出したものであり、民族間の境界は存在しなかった。

人口比では少数派だが、イギリス系などの大土地所有者や、鉄道建設時に労働力を補い、のちに商人としてやってきた「インド系」(印僑)も、政治経済に大きな影響力を保っている。

各民族の主生業は、農耕民、狩猟採集民、遊牧民、牧畜民に分けられる。

民族ごとに住む地域があり、そこに村が存在。

その村にはそれぞれ独自の文化と生活様式があり、お互い助け合いながら生活をして、多民族とは物々交換で生活を営んでいる。

【文明・言語・ルーツ】

東アフリカ沿岸部に広がる「スワヒリ文化」とは、主にアジア系とバントゥー系の人々が混じって形成されたものであり、「スワヒリ語」はミジケンダ語(バントゥー系)とアラブ語がミックスされたものといわれている。

英語やスワヒリ語の他に、60以上の言語が存在しており、ニジェール・コンゴ語族のパントゥー諸語、ナイル・サハラ語族のナイル諸語、アフロ・アジア語族のクシ諸語がある。

シェン(Sheng)とは、主に首都ナイロビで若者を中心として話されている、1970年代以降に生まれたスワヒリ語や英語、幾つかの民族語の混合言語・スラング。

ケニアの42部族は、大きく分けると3つのグループに分けられる。

古くはレンディレ族などのクシ諸語族が、エチオピア・ソマリアから北部乾燥地帯に住みつき、

次にマサイやサンブル族などのナイル諸語族が、ナイル川やスーダン北部からやってきた。

さらにバントゥー諸語族が、西アフリカから中部や北部、沿岸部に定住して今日に至っている。

【経済】

主要産業は農業であり、GDPの約30%を占めている。

労働力人口全体(1,891万人)で見ると70.6%(1,335万人)が農業に従事しており、ケニアの人口の約8割の人々が農業によって生計を立てている。

工業化は他のアフリカ諸国と比べると比較的進んでおり、特に製造業の発展が著しく、中でも近年では、紅茶、花卉の輸出が目立っている。

独立以来資本主義体制を堅持し、東アフリカではもっとも経済の発達した国となった。

しかし、政情不安や政治の腐敗・非能率、貧富の差の増大という問題を抱える。

首都ナイロビは東アフリカの通信・金融・交通の中心都市となっている。

【民族音楽】

ニャティティ・リラアカンバ族やミジケンダ族の太鼓の、ニャティティ・リラなどの伝統的な楽器など、ケニアでは、ほとんどの民族が独自の音楽文化を持っている。

特にルオ族は、ベンガとして知られる独自の音楽のスタイルを持ち、現在ではルオ族だけでなく、ケニアのポピュラーな音楽の一つに数えられている。

また、マサイ族とサンブル族は歌の天才ともいえる。

コンゴのルンバの影響を深く受けたケニアのポピュラー音楽は、今日では近代的なヒップホップやR&B、ラップ、レゲエなどが、ケニアの旋律や詩と混ざり合い、新たな音楽を生み出している。  

【民族舞踊など】

様々な部族の文化と西洋社会の文化が融合したケニアには、南米のアルゼンチンタンゴをイメージさせる楽器ネオンバンドのリズムに乗せて踊る男女のペアーダンス、動物の尻尾の動きを真似て腰をクルクルと動かすダンス、ブラジルのサンバやハワイアンダンスのような動きのダンス、男女が歌いながら踊るイスラム風のダンスなど、音楽と同様さまざまな舞踊がある。

【民族衣装】

キクユ族やカンバ族を含むケニアにいる部族の中でも、広く着用されているのが「カンガ」である。

カンガは東アフリカで衣類や風呂敷などとして広く利用される一枚布で、スワヒリ族が発案したと言われている。

元となった布の模様が、ホロホロチョウであったことから、スワヒリ語でホロホロチョウを意味するカンガという名前で呼ばれるようになった。

東アフリカには古くから、現在のマサイ族に見られるような肩口で一枚布を結んで垂らし、マントのような着装方があったが、現在のような形になったのは19世紀中頃のことで、比較的新しい民族衣装と言えるようだ。

別名はレソと言い、2枚1組で販売されている布を半分に裁断して使う。

【手工芸品】

ケニアには素朴で個性的な温かみのある手工芸品が多く存在するが、そうした人形、アートなどの工芸品には、それぞれの生活や伝統文化が表されている。

中でも代表的なのが、マサイ族のビーズワークである。ビーズを使ったマサイ族のアクセサリーはそのカラフルな色合いが特長である。

ケニアの先住民族

42の民族がいる。

ここでは、 マサイ族、キクユ族、ルオ族、サンブル族、トゥルカナ族を、ご紹介。

【マサイ族】

マーサイ族は、ケニア南部からタンザニア北部一帯の先住民族である。

人口は推定20 - 30万人程度と推測されている。一般的には長音符を付けない「マサイ族」と言われる事が多い。

*言語:マサイ語。
*名称:「マーサイ」とは「マー語を話す人」という意味。
*宗教:キリスト教・アフリカの伝統宗教。

「伝統信仰」は、キリマンジャロ山の頂上に座するエンカイという神を信奉する一神教。これはキクユ族の神であるンガイと同じものである。

*関連する民族:サンブル族、トゥルカナ族、カレンジン族他。

有名なものに、マサイ・ジャンプ。マサイは誰よりも高く跳ぶ者に敬意を払う。

*歴史

近代・現代に入ってから、古くはヨーロッパの植民地主義者(ドイツ及びイギリス)や、イギリスに原住地を追われたキクユ族などによって、マーサイ族の土地が強制的に収奪され続けてきた。

マーサイ族が、遊牧を行なっていた土地の多くは動物保護区や国立公園などに指定され、法的に彼らが遊牧を行なうことができなくなってしまった。

(アンボセリ・ナイロビ・マーサイマラ・サンブル・ナクル・マニャラ・セレンゲティ・ツァボなどの地域)

現在、ケニア・タンザニアの両政府が進めるマーサイ族の定住化政策に対して、遊牧民である彼らは一貫して抵抗を続けており、両国内にある国立公園内での遊牧権と、季節ごとに家畜の移動を行なう際に両国の国境を超えて自由に移動する権利を要求し続けている。

だが、現実的には両国政府の定住化政策は進んでおり、彼らの中でも農耕や、現金収入を得られるサバンナ観光ガイド、密猟監視員などの職業に付く者が少しずつ増え、遊牧生活を続けてゆくことは年々難しくなってきている。

*生活・文化・習慣

マサイ・ジャンプ本来は定住せず、伝統的な牛・羊・ヤギ等の家畜の遊牧で生計を立てる遊牧民である。

マサイ族伝統の住居は、牛糞と泥をこねて作った掘ったて小屋(マー語: enkaji)である。

この掘っ立て小屋をサークル状に配置し、外側をさらに木の柵で囲うのが村の伝統的なスタイルである。

この村全体を、彼らはエンカン(マー語: enkang)と呼ぶ。

夜になると、彼らは放牧していた家畜をこのサークルの内側に入れるが、これは猛獣などの外敵から家畜を守るための知恵である。

牛はマサイ族にとって最も重要な財産で、通貨としても機能し、賠償・結納・相続などは牛の受け渡しによって行われる。

一夫多妻制で、牛(財産)を多く持つ男は何人も妻をめとることができるが、牛を持っていない男は女性に相手にされず、結婚も恋愛も難しい。

「地上のすべての牛は神から与えられた」という神話があるという。

またマサイ族の文化では、成人男性は猛獣退治や牛の放牧以外の労働をせず、普通の仕事は全て女性や子供が行う。

これは戦いのみが男性の仕事で、武器以外の道具を持ち運ぶことすら恥とする彼らの価値観による。

外部の人間が仕事を与えても「自分たちの文化ではない」として受け入れないことが多い。

伝統的な主食は牛乳と牛の生血。

近年ではウガリ・チャパティ・米飯などの炭水化物も日常食となっている。

牛乳をギブユという瓢箪に入れて作った原始的なヨーグルトや、牛の血を抜いてそれを牛乳と混ぜ合わせた飲み物もある。

また牛の血そのものも飲用する。客人が来たときのお祝い事などでは動物を殺して肉食をすることもあるが、家畜を潰してしまうことになるためごくまれである。

魚食は全くせず、野菜を食べることもごく少ない。

政治的には、それぞれの村ごとに長老がいて物事を決定する原始的な長老制をとる。

戦士階級であるモランはこの長老の下に属し、未だ修行中の身分とされる。

マサイ族の男性は、生涯に必ず一度はモランとなる。

モランは槍で武装し、独自の槍術をよくする。

このほか相撲に似た格闘技も存在し、彼らはこれらを駆使してライオン、豹をはじめとする猛獣とも渡り合う。

ケニアでは猛獣狩りは、野生生物保護のために法的に禁じられたが、現在も廃れていないらしい。

マサイ族の伝統的な色は赤であり、衣服や化粧にはほとんど赤が使われる。

本来靴は履かず裸足であったが、最近では自動車の古タイヤを切り抜いて鼻緒をつけた、自製のサンダルを履くようになった。

最近では、伝統的な赤の衣服などを着るマサイ族の事を『ビレッジマーサイ』、それ以外の色の服を着て街中を普通に歩くマサイ族の事を『シティマーサイ』と区別して呼ばれる。

*伝統的儀式

大人に成った証としてマサイ族伝統のルング棒という武器を持ってライオンと戦う伝統儀式があった。現在ではほぼなされていない。

このルング棒は「勇者の棒」とも呼ばれ普段からこの武器で狩猟していた。

固く丈夫なエポニーという木を材料としているため、とても軽くて丈夫な協力な武器となったのだそうだ。

*身体的特長

驚異的な視力を持つことはよく知られている。

通常の方法では計測不能であるが、彼らの視力は3.0〜8.0程度と推測されており、優れた暗視能力も併せ持つ。

彼らはこの視力のため、サバンナでも道に迷うことはない。

彼らの驚異的な視力は生まれつきのものと思われがちだが、これはサバンナで家畜を猛獣などの危険から守るために常時眺視(遠くを見つめること)を強いられる生活を送っているため、視力が自然に鍛えられていることが主な要因である。

都会に長く住んでいるマサイ族が、平均1.0〜1.2程度の視力しかないことから考えても、遺伝的な要因は薄い。

【キクユ族】

キクユ族の女性キクユ族は、アフリカ東部、現在のケニアを中心とした地域に住むケニア最大の部族。

主な居住地は、首都ナイロビから北西方面に当たるケニア中央部に住むパントゥー語群系農耕民で、キクユ語 (Kikuyu, Gîkûyû) を話す。

ケニア人口の22%に当たる534万(1994年)の人口とされる。

主に高地で農業を営む。

神が棲む神聖な場所としてケニア山を崇拝する。

歴史的には「伝統信仰」を信じてきたが、現在はほとんどがキリスト教に改宗している。

キクユ族の伝統信仰は、ケニア山の頂上に座する神・ンガイ(スワヒリ語: Ngai)を奉ずる一神教である。

ンガイは、マサイ族からはエンカイ(スワヒリ語: Enkai)と呼ばれているが、同じ神を指している。

元は狩猟採集民であったと考えられているが、ケニア山南西麓を中心として広い地域に住んでおり、牧畜民マサイ族や狩猟民ヌドロボ族の文化をかなり吸収してきた。

植民地支配に大きな影響を受けた部族であり、その生活は20世紀に入り急激に変化した。

有名なマウマウの反乱により投獄され、独立後に大統領となったケニヤッタはこの部族に属する。

2002年以降の第3代ケニア大統領ムワイ・キバキもキクユ族の出身者である。以来キクユは政治的にケニアを支配してきたが、現大統領モイは少数部族カレンジンであり、両部族の間に溝ができている。

キクユ族は、原始的な氏族集団で生活を営んでおり、儀式の際、独特の化粧と民族衣装を身に纏う。

計画性と先見性に優れてた部族と言われている。

確かではないが民族学者は他のバントゥー系の民族と共に西アフリカから現在のタンザニアを抜けキリマンジャロを東に移動しケニア山の周りに移住し、残りは南部アフリカに移住したと信じている。

エンブ (Embu)、メル (Meru) などの隣接民族と言語・文化的に近い。

早くから白人入植者に土地を奪われ、労働に徴用された。

また、ミッション系の学校で教育を受けた多くの若者がナイロビで働いた。

ビジネスセンスが長けており、多くの政治家や社長を輩出し今のケニアを引っ張っている民族でもある。

【ルオ族】

ケニアを中心に、南スーダンからタンザニアにかけて居住するナイル語系諸族の一民族。

ケニア西部にある都市でニャンザ州の州都及びキスム県の県庁所在地であるキスムが主要な定住地として知られる。

キスムは人口は約41万人(2009年)でケニア3位であり、ケニア西部の中心都市である。

ビクトリア湖北東部のカビロンド湾の湾奥部、標高1170mにある港湾都市であり、大ビクトリア湖盆地の中ではカンパラについで重要な都市である。

人口は350万人を超えると推定されている。

言語はナイル諸語に属するルオ語を話す。

漁業、牧畜、農耕を行うが、現在ではかつての牧畜に代わって農耕が最も重要な産業となっている。

ウガリ(メイズの粉をお湯で練ったそばがき状の食べ物)を作らせれば一番といわれる。

ケニア国内では、ケニア建国以来、主導権を握っているキユク族への反感が強い。

ルオ族の伝統音楽は、Ohangla(オハングラ)と呼ばれ、太鼓などの打楽器をメインにしたリズム音楽。

伝統的には男子に限られている。

ベンガとして知られる独自の音楽のスタイルを持つ。

バラク・オバマ 元アメリカ合衆国大統領の父親は、ケニア西部コゲロ村で生まれ育ったルオ族出身。

【サンブル族】

人口約7万、丘陵サバンナ地帯を生活圏としたロート系部族。

農耕は行わずに牛・山羊・羊の放牧を行う。

彼らの外見、生活、伝統はマサイ族に酷似している。

サンブル地区の半砂漠地帯に住んでおり、年齢別集団組織が存在。

牛、羊、ヤギを飼い、主食である乳製品を得る。

毛布をまとい、赤っぽい黄土で身体を飾る。

老人にはわがままを言うものを呪う神秘の力があると信じられており、それが秩序を保つ大きな力となっている。

【トゥルカナ族】

トゥルカナ湖・エルモロ族の近くに住む放牧民。人口約16万人。

牛、山羊、羊、ロバ、ラクダを飼育し、その肉やミルク、血を食用として生活する。

生活地域の大部分は乾燥した半砂漠であり、農産物の占める割合は僅かだ。

周囲に住む他部族を全て敵とみなす傾向があり、家畜の争奪をめぐる争いが絶えない。一旦戦いが始まると何も恐れないといわれる勇敢な戦士だ。

野生の王国

ケニアには、59ヶ所の、国立公園、国立保護区、動物保護区などがある。

ケニア【マサイ・マラ国立保護区】

ケニア南部に位置し、大阪府とほぼ同じぐらいの大きさで隣国タンザニアのセレンゲティ国立公園(世界遺産)に隣接。

世界有数の動物相、個体数を誇ると言われ、数万頭のヌーやシマウマ、インパラ、キリン、ゾウを始め、ライオン、ヒョウ、チーターなどの肉食獣も多く、ハンティング・シーンに出会う事も珍しくない。

毎年、7月〜8月のタンザニアのセレンゲティ国立公園から、ケニアのマサイ・マラ国立動物保護区への「ヌーの大移動」は、一大イベントとなっている。

【ケニア山国立公園:世界遺産】〜赤道直下にありながら、山頂に氷河を頂く高峰〜

ケニアとは、現地語で黒いダチョウを意味する。

標高はキリマンジャロに次ぐ5199m。

アフリカ第二の高峰であるケニア山は、黒い岩壁と峰に残る万年雪の姿から国名の由来にもなった。

標高約3800m以上の高山帯には、寒冷に順応すべく巨大化したキキョウ科のジャイアントロベリアをはじめとするアフリカ固有の高山植物が群生し、自然林にはアフリカゾウなどの大型動物が、比較的低地にはクロサイやヒョウなどが棲んでいる。

また一帯を中心とした1420 km2は、保護を目的とした国立公園を兼ねる世界遺産である。

赤道直下にありながら山頂に氷河を頂くこと。山麓の住人から「神が棲む山」として崇められている。

【アンボセリ国立公園】

アフリカ最高峰(5,895メートル)のキリマンジャロ山の麓に広がる国立公園。

文豪ヘミングウェイがハンティングに訪れ、「キリマンジャロの雪」を執筆した場所としても有名。

元々はキリマンジャロ山の噴火によってできたアンボセリ湖が干上がってできた平地で、現在は湖は雨季にのみ姿を見せる。

近年、中央部分の湿地帯以外は乾燥が進んでおり、乾季には半砂漠となっている。

乾季は水場に動物が集まるため、動物の観察には適しており、また雄大なキリマンジャロ山を望むことができる。

キリマンジャロ自体は隣のタンザニアに位置するが、その美しさはケニアのアンボセリから見る姿が一番と言われている。

大きさは日本の種子島と同程度。

他の国立公園や保護区では禁じられているサファリ・カーから降りる事が出来る「オブザベーションヒル」があり、ここからの眺めは格別である。

【ナクル湖国立公園】

地球の裂け目グレートリフトバレーの中にあるナクル湖は、ソーダ性の水質の為、肉食獣が近づけない。

その為、ここは鳥類の楽園。

特にフラミンゴの大群は湖面をピンク色に染める。

また、ここではシロサイを保護しており、ケニアにある国立公園・保護区の中で、唯一シロサイとクロサイを同時に見ことができる場所でもある。

そしてこの公園の環境はコンパクトながら、湖あり、草原あり、森林あり、丘陵ありと豊富な景観をしている為、キリン、ウォーターバック、ハブーン、インパラなど様々な動物を見ることもできる。

大きさは日本の石垣島程度。

撮影プラン
ケニア山

マサイ族、キクユ族、ルオ族の、三つの先住民族の取材を試みる。

また、各国立公園にて、野生動物の撮影。大自然の撮影。

マサイ・マラ国立保護区では、ヌーの大移動、ナクル湖国立公園では、フラミンゴの大群を、撮影する予定。

あとは、アジェンダ・レス。

HIBIKI Color 赤:太陽 黄:月 白:宇宙 これらの色を合わせて「世界」を意味する。